石造りの2階建て家屋は、ロシア軍の砲撃で外壁を残して全焼した。足元にはペラペラの板のようになった冷蔵庫の残骸(ざんがい)が今も転がる。家族5人で住んでいたマリアンさん(70)は「家を焼かれただけではない。車や家財道具を略奪され、針の一本まで失った」と涙声で語った。
グルジア中部のトビアビ村。昨年8月の紛争発生後、ロシア軍とともに南オセチア独立派勢力の民兵が侵攻し、10人近くの村人が死亡したとされる。村はロシア軍が停戦後に南オセチア周辺に設けた「緩衝地帯」に編入され、軍部隊が約2カ月間も駐留した。村の被害地域は国連による復興支援の対象となり、今春までに仮設住宅が完成、マリアンさんも避難先からようやく帰還した。しかし、1世帯あたり10畳程度の広さでは家族全員が住めないという。グルジア政府から支給された補償金は1万5000ラリ(約85万円)。マリアンさんは「当初は5万ラリもらえると聞いていた。家を建て替えるには全然足りない」と嘆いた。
ロシア軍の侵攻で社会インフラや経済に深刻な打撃を受けたグルジアは、国際社会から60億ドル(約5700億円)の支援を取り付け、復興を進めている。だが住民の間では、政府が支援金を適切に使っていないとの疑念が広がっている。
マリアンさんの近くに住む女性(50)によると、国連が仮設住宅を建てた時は質の良い家具が備えられていたが、入居時になると粗悪なものに取り換えられていたという。「こんなことをするのは役人以外考えられない」
グルジアでは野党陣営がロシアとの軍事衝突を招いたサーカシビリ大統領の辞任を求め、4月には大規模な抗議デモを起こした。しかし、将来の青写真を示せなかったこともあり反政府運動は尻すぼみに。開戦1年で反ロシア感情が高まるなか、正面から大統領の責任を問う声は聞こえない。
とはいえ、犠牲を強いられた住民には不信感がくすぶる。ロシア軍の砲撃で義父を亡くした別の村の女性(32)は「大統領は『たいした問題は起きていない。大丈夫』と言うけれども、快く思えない」と憤りをぶつけた。【トビアビで大前仁】
毎日新聞 2009年8月9日 東京朝刊