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痛む・09年衆院選:暮らしと改革の今/3 地域医療崩壊 /岩手

 ◇医師、住民我慢続く

 あて先のない紹介状を、山田町の無職、佐藤義一さん(60)は見たことがある。腸に持病を抱える母、ヨシノさん(80)が通院治療を受けていた県立山田病院で、担当の内科医から受け取った。今年2月末ごろのことだ。佐藤さんは病院をながめながら、たばこに火を付けた。「追い出されたようなもんだよ。どこでも行けってことだよ」と煙を吐いた。

 山田病院は病床60床で、常勤医2人と他病院からの診療応援でまかなう。昨年度末、内科医が県立大槌病院に異動、常勤内科医がいない病院になった。

 5年以上前からヨシノさんは腹痛に苦しんできた。同病院には急性腸炎で3度入院した。今は町内の開業医に通うが、いつも混雑していて予約は月1回取るのがやっとだ。

 県立医療機関で働く勤務医の流出に歯止めがかからない。07年度末460人いた常勤医は08年度末474人に増えた。だが、今年度は6月1日現在454人まで落ち込んだ。県医療局は「過酷な勤務状況の解消が急務だ」と言う。

 「見通しが全く見えなかった」。外科医の菊池信太郎さん(55)は、04年に過酷な勤務と人が増えない状況から、山田病院を辞めた一人だ。今は、盛岡市内で開業している。

 岩手医大から山田病院に移った90年当時、既に人手不足で、5人の常勤医のうち外科医は菊池さん1人だけだった。大学病院では4人で行う手術を一人で行った。手術後は患者・家族への説明や病理検査用の標本作り。激務の果て、00年10月に出血性十二指腸潰瘍(かいよう)で倒れた。回復後も医師が増員される見込みはなく、退職を選んだ。

 菊池さんは嘆く。「問題点が長年指摘されながら、なぜ逆の(悪い)方向に向かったのか」。指摘されていたのは、医師増加に伴う医療費増加を見越して国が進めた医学部の定員減。さらに、04年に始まった自由に研修先を選べる新研修医制度が、追い打ちをかけた。研修医が都市部で好待遇の病院に集中したため、研修医不足となった大学病院が地方の派遣先から医師を引き揚げ、地方は一層状況が悪くなった。

 このところ、床に入ったヨシノさんの寝付きが悪い。「痛い、痛い」と腹をさする。「病院に行こうか」と声を掛けると「まだ大丈夫」と返す。内科医がいた当時は夜間でも連れていけた。そんなことの繰り返しだ。「我慢しているんだよな」。義一さんがつぶやいた。【山口圭一】=つづく

毎日新聞 2009年8月7日 地方版

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