現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

被爆64年―「非核の傘」を広げるとき

 被爆地は今年、格別な夏を迎えた。「核兵器のない世界を目指して具体的な方策をとる」。米国のオバマ大統領がプラハ演説でそう宣言して、初めて迎える夏だからだ。

 大統領が、核を使った国として「行動する道義的責任がある」と語った意味はとても大きい。だが、プラハ演説の凄味(すごみ)は、そこにとどまらない。

 グローバル化した世界は、相互依存を強めている。世界のどの経済都市で核爆発が起きても、多くの犠牲者が出るだけでなく、世界の経済システムも破局のふちに追いやられる。核戦争でも核テロでも結果は同じことだ。

 核抑止を続けた方が世界は安定するとの考えが核兵器国や同盟国で根強い。だが、核抑止の魔力にひかれて、核拡散が進む恐れがある。テロ集団の手に核が渡る危険もある。それが現実になった時のリスクは計り知れない。

 どうすべきか。核のない世界に向けて動くことこそ、新たな安全保障戦略の基本ではないのか。オバマ大統領は、そこを問いかけている。

 大統領の音頭とりで、9月24日には核問題に関する国連安全保障理事会の首脳級会合を開くことも決まった。

■先制不使用を義務に

 核に頼らない安全保障体制を構築していくには、たくさんの政策の積み重ねがいる。核兵器国には山ほど注文したいが、ここでは特に、「非核の傘」を広げていくことを強く求めたい。

 核不拡散条約(NPT)に入った非核国には、核を使用しない。これを世界標準として確立すれば、NPT加盟の非核国は、核攻撃のリスクを大幅に減らせる。それが「非核の傘」だ。

 「非核の傘」を広げれば、核兵器の役割を縮小でき、保有数の減少にもつながる。オバマ大統領の任期のうちに、軍縮と安全保障の一挙両得を大きく前進させたい。

 「非核の傘」を広げる方法は、いくつもある。第一は、国連安保理で、NPTに入っている非核国への核使用は認められないと明確に決議することだ。潘基文・国連事務総長は、核保有国でもある国連安保理の常任理事国が非核国に核攻撃しないと保証するのは可能だろうと指摘している。一刻も早く、実現すべきである。

 第二の方法は、非核地帯条約の活用だ。ラテンアメリカ、南太平洋、アフリカ、東南アジア、中央アジアには非核地帯条約がある。アフリカだけが未発効だが、いずれの条約にも、核兵器国は条約加盟国を核攻撃しないことを約束する議定書がある。

 だが、米ロ英仏中の5核兵器国すべてが議定書を批准しているのはラテンアメリカだけ。アフリカでの条約発効を急ぎ、同時に核兵器国がすべての議定書を批准して、「非核の傘」を広く国際法上の義務とすべきだ。

 第三の方法は、核兵器国が核先制不使用を宣言し、核の役割を相手の核攻撃の抑止に限定することだ。非核国はもともと核先制使用などできないから、核兵器国が先制不使用を確約すれば、「非核の傘」は一気に拡大する。

■北東アジアに非核地帯

 日本政府は、米国による核先制不使用宣言には慎重だ。北朝鮮は核実験しただけでなく、生物・化学兵器も持っている可能性がある。その使用を抑えるために、核先制使用も選択肢として残すべきだ、という立場だ。

 だが、日本が核抑止を強調するあまり、核兵器の役割を減らし、核軍縮を進めようとするオバマ構想の障害になっては、日本の非核外交は台無しだ。当面、核抑止を残すにせよ、同時に「非核の傘」を広げていく政策を進めるべきだろう。

 一案は、北東アジアにも非核地帯条約をつくることだ。日韓だけでも先に締結して発効させ、米中ロなどが日韓に核攻撃しない議定書を批准して、「非核の傘」を築く。

 北朝鮮については、非核化してNPTに戻った段階で条約に加わり、「非核の傘」で守られるようにする。そうすれば北朝鮮が核放棄する利益は高まるし、地域の安定にも役立つだろう。

 軍事費を拡大させる中国への対応も欠かせない。オバマ大統領は7月の米中戦略対話で、東アジアでの核軍拡競争は両国の利益にそぐわないと明言し、北朝鮮の非核化などで協力していくことの重要性を強調した。「恐怖の均衡は続けられない」とも語った。

 米中は急速に経済の相互依存を強めている。たとえ相手の産業を破壊しても影響が少なかった冷戦期の米ソとはまったく異なる関係だ。

■中国も軍縮の輪に

 日本も米中の現実を認識し、北東アジアでの核の役割を減らしながら、地域の安定をはかる構想を示していく必要がある。核抑止でつながるだけでなく、「非核の傘」拡大や地域の軍備管理で連携していく。日米同盟をそんな形に進化させれば、中国を核軍縮の輪に加える、大きな力になるだろう。

 世界の核拡散問題には地域対立や宗教的対立がからんでいる。核実験をしたインド、パキスタン。事実上の核保有国とされるイスラエル。ウラン濃縮を続けるイラン。いずれの場合も、そうだ。これらの国を非核化へ向かわせるには、根気強く対立をほぐしつつ、核保有がむしろ国を危うくすることを説いていくしかない。

 唯一の被爆国として日本は、そうした外交でももっと知恵を絞りたい。

PR情報