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記者の視点
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「算術尽くし」のDPC
性悪説を否定できない医療機関
2009.8.3
「医は仁術」。高度なマネジメントが求められる最近の病院経営は、そんなきれい事だけで乗り切れないことは分かる。しかし、「それにしても…」と思わざるを得ない状況を見ると、思わず苦笑いしてしまう。
来年4月の2010年度診療報酬改定では、DPC病院の前年度収入を保証する調整係数が段階的に廃止され、新たな機能評価係数に置き換わることが決まっている。中医協・DPC評価分科会などでは目下、どんな係数がふさわしいかという議論が盛んに行われているのだが、その中身はといえば恐ろしいほど医療機関の「性悪説」が貫かれている。
例えば一時、診療ガイドラインを順守した治療を行った割合が高いDPC病院の係数を高くするという案が検討されたのだが、まず懸念されたのが、盲目的にガイドラインに従うDPC病院が続出するのではないか、ということだった。
「医療の標準化」を好む厚生労働省の意図がありありと表れた提案であることは間違いないが、ガイドラインはあくまで「参考」に過ぎない。多くの専門医による英知の結集は尊重するべきだが、患者の状態を無視して何が何でも従うことはあり得ない、と現場の多くの医師は思っているだろう。
ところが、ガイドラインの順守率が診療報酬に反映されるとなった途端、そんな良心は吹き飛んでしまう、と分科会の委員に居並ぶ医療界の重鎮がこぞって心配しているのである。病院長が右を向けと言えば全員が右を向くほど、医師は統制のとれた人種だったろうか。
これだけではない。全身麻酔を実施した患者の割合が高いほど高い係数を付ける案が議論されたときにも、「必要のない患者まで全身麻酔をする医師が現れる」という意見がまず上った。これにはさすがに会場から笑い声が漏れたが、誰も否定しなかったことが印象に残る。
こうした案は、いずれも次の改定で導入されることはなくなったが、時期が来ればきっとまた同じ議論が繰り返されるのだろう。
●IIの入院患者を減らせ
調整係数の段階的な廃止に伴い、微修正されることになる包括報酬の段階設定の背景にも「性悪説」がしっかり潜んでいる。
発症時に検査や薬剤投入を集中的に行う脳梗塞などの診断群分類では、入院初期の報酬水準が出来高で算定した場合の水準を下回り、収支が赤字になる場合がある。現行制度では、調整係数によって帳尻合わせがされているため経営に影響はないが、調整係数がなくなれば赤字分がそのまま収支の悪化につながってしまう。
このため厚労省は、赤字になる可能性がある脳梗塞や急性心筋梗塞などの診断群分類については、入院初期の「入院期間I」の包括報酬を出来高で算定した平均的な水準まで引き上げる方針だ。
これにより、病院経営の悪化は防げるのだが、厚労省の狙いはむしろ「入院期間II」の患者の減少にある。
入院期間Iと、そこから平均在院日数までの「入院期間II」の包括報酬の合計は一定になるよう設計されているため、Iの包括報酬が上がれば逆にIIは下がる。
実は、脳梗塞の現行の包括報酬は、Iに関しては出来高が包括報酬を上回っているものの、II以降は包括報酬が出来高を上回る傾向がある。つまり、患者をII以降も入院させ、病床稼働率を上げた方が利益が上がる構造になっており、何も治療を施さない「素泊まり患者」の存在がかねて指摘されている。
厚労省はこうした事情を背景に、IIの水準を下げることによって「もっと早く患者を退院させるだろう」(保険局)とにらんでいるわけである。
DPC病院の再入院率の高さがやり玉に挙げられる問題にせよ、DPC算定病床と亜急性期病床などとの間の患者の「キャッチボール問題」にせよ、すべて根は一緒。DPC制度をめぐる議論はとりわけ「医は算術」という面を際立たせている。
恐らく医療界の人間の感覚はすでに麻痺しているだろう。政権交代し、中医協に素人の政治家が乗り込んでくる事態になったら、間違いなく閉口されるのではないか。(笹井 貴光)
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