全国的な医師不足のしわ寄せで、地方の医療崩壊が危ぶまれる中、福井県高浜町が地域ぐるみで医療を守る仕組み作りに立ち上がった。町が今後3年間で計6500万円を福井大医学部に出資して、学生らに初期医療を学んでもらう寄付講座を今年4月、町内に設置した。地域で働く医師を地域で育て、住民にも地域医療について考える契機にしてもらおうとの目的で、市町村単位で医学部の寄付講座を設けるのは全国初という。その講座の運営を中心となって担うのは同町和田にある国民健康保険和田診療所の井階友貴所長(28)だ。【高橋隆輔】
◆高浜町の医師数は、08年には00年ごろの半分に当たる7人まで減少した。
医療システムの再構築を目指したワーキンググループが昨年8月から8回の会合を重ね、町に寄付講座の設置を提言しました。町長も議会もすぐに予算を認めてくれて、非常に短期間でスタートできました。講座を盛り上げるメンバーは「高浜の医師は地域が育て、地域が守る」をモットーに、医学生による診療の補助▽町に成果を還元できる研究活動▽総合医を育てる医学教育▽住民啓発--を4本柱としてさまざまな活動をしています。
◆医学生に研修の機会を提供する寄付講座だが、メリットは学生だけでなく、町にとっても大きい。
医師を地域で育てられるという発想はなかなかないと思います。今や地方の医師は大学からの派遣を当てにできない。医師は自分を高められる環境に集まるので、医学教育を重視することは大切です。地域医療はその地域住民のもので、千葉県東金市や兵庫県丹波市では住民が立ち上がり、地域医療が生まれ変わったと言われています。とはいえ、住民も何をすればいいのかいきなりは分からないでしょうから、町の医療の現状に目を向けることや、町内にかかりつけ医を持つことなど、具体的なお願いや情報提供をして啓発しています。フォーラムの実施や町広報誌での連載などを続けた結果、町の医療を考えたいという住民も集まり始め、うれしく思っています。
◆寄付講座開設から約4カ月。既に感じている手応えもある。
寄付講座開設以前にも、町は希望する学生の研修を受け入れていましたが、昨年は年間35人。今年は予定者も含め既に45人います。地域医療はさまざまな病気に対応する総合力が必要ですが、専門医志向の強い大学病院などでの研修ではなかなかそれを身につけることができません。ここは往診や公民館での診療も行う診療所でも研修でき、指導医も充実しています。寄付講座は学生にとってもメリットは大きいはずです。また、住民へのアンケートの結果、関心の高まりも数字に表れています。学会で報告できる機会やマスコミへの露出も増えて取り組みを広く知ってもらうこともできつつあり、方向性は間違っていないと感じています。
◆高浜町での地域医療従事も2年目。見知らぬ土地でのスタートだった。
妻が小浜市出身で、私の出身の丹波市との間(北近畿地方など)で地域医療に取り組んでいる所はないかと探し、自分からアプローチしてやって来ました。高浜は医療者だけが医学教育に取り組むのでなく、行政や住民が後押ししてくれる環境があります。念願の在宅医療にも和田診療所で取り組むことができ、ますます今の仕事が好きになりました。
◆日ごろの診療と、寄付講座の運営に多忙な毎日。
私は診察の時にだけ患者と接する大病院より、患者と手を取り地域にとけ込む地域医療が純粋に好きなのです。医療に取り組むうちに、地域が再生してほしい、良くなってほしいと願うようになりました。寄付講座はまだ始まったばかりで、反省したり改良したりする段階までも進んではいませんが、取り組みが実を結び地域医療を再生する案の一つと見てもらえるようになればと思います。
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■人物略歴
1980年10月、兵庫県丹波市生まれ。05年に滋賀医大を卒業後、研修医として滋賀県栗東市の済生会病院に勤務。その後、兵庫県立柏原病院で内科医を務め、08年4月から和田診療所に勤務。今年4月からは所長に就任した。町内各地への往診もこなし、住民の健康を支えている。
毎日新聞 2009年8月2日 地方版