◆中央診療所理事長・京都大名誉教授泉 孝英さん(73)
◆医師の不足や偏在を含め、医療崩壊が指摘される現状をどう見る?
日本と同じく国民皆保険の英国、スウェーデンの両国と比較して整理したい。05年のデータでは、日本は両国に比べ、人口当たりの医師数は83%、59%と少ない。それ以上に問題なのは国民1人当たりの受診回数が2・7倍、4・9倍と多いことで、医師1人当たりの診療回数は3・2倍と8・2倍だ。医師が多忙すぎて、いい医療を望めなくなっている。
また、両国では医療機関が原則的に公営か半公営で、医師・看護師は準公務員であるのに対し、日本は大半が私営だ。医師の養成課程も、両国がすべて国公立なのに、日本は授業料が極めて高額の私立大が3分の1を占める。施設も人材も採算のいい地域・部門に集まるのは当然の帰結で、そもそも偏在のない適正な配置は不可能な構造になっている。
◆医療費の増加については?
両国では、外来は診療所、病院は入院・救急と、役割が明確に分担されている。スウェーデンでは65歳以上の患者は医師ではなく、看護ステーションで看護師に最初に診てもらう。そして前述のように公営・半公営だから一定の予算配分がなされ、その中で医療を提供している。
だが、日本は「フリーアクセスと出来高払い」が基本だ。どの病院でも何回でも受診できる。医療機関にとっても出来高払いのため、数が増えれば稼ぎになる。薬と検査が多いのも特徴で、人口当たりのCT台数は両国の7~12倍、MRI台数は4~7倍、投薬量は3~4倍だ。06年データをみると、医療機関の支出では人件費が60%なのに、収入では医師の技術料は34%。足りない分を投薬・注射と検査で補い、機器メーカーや製薬会社にもカネが流れる。医療費が膨らむのは当然だ。
◆政治家に何を望む?
これらの現状、構造的な問題を直視し、根本から議論してほしい。そもそも医療は採算が取れるものではなく、利権の対象にすべきではない。誰もが標準的な医療を受けられるようにするには、両国のように原則公営にし、医師・看護師は公務員にすべきだと思う。警察・消防と同じく計画的に配置でき、偏在などなくなる。そして税金でまかなうのだから、無駄は省く。両国とも公営化の議論から実施までに半世紀くらいかかっている。すぐに議論を始めるべきだ。【聞き手・太田裕之】
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■人物略歴
1965年京都大医学博士。89~99年、京都大教授として胸部疾患研究所、付属病院呼吸器内科などに勤務。99年から現職。06~08年に滋賀文化短大学長。
毎日新聞 2009年7月31日 地方版