だとしたら、今日限りその考えは改めてください。指の筋力訓練をしたり、訓練のためにピアノの鍵盤を重くするなどは、まったく無意味な事です。
そもそも4とか5の指がつぶれてしまったり、2−3のトリルに比べて4−5のトリルがやりにくいのは、筋力がないせいではありません。別のところに理由があるのです。ピアノを弾くほとんどの人が、大きな誤解をしています。今日は、そこら辺りに言及しようと思います。
皆さんは、「1、2、3の指より、4、5の指の方が弱い」と思い込んでいませんか? 実は、言うほど4、5の指は弱くないのです。確かに、日常生活においての使用頻度に差がありますから、多少は弱いでしょうが、筋力自体はあまり差がありません。「4や5の指は力が弱いので」と、ハノンの冒頭にも書いてある言葉は、実は間違いです。
しかし、人差し指(2)より小指(5)の方が動きが悪いのは、これは事実です。事実な上、5が2より動きが悪い事は、解剖学的に当然の事なのです。当然の事なのですが、理由は筋力ではありません。
まず、それぞれの指を動かす筋肉の数について見て行きましょう。これ以降、指の名前は全部指番号で書きます。分類は、解剖学的な正確性はあまりないです(正確に書いたら大変な事になるので)。あくまで大雑把な分け方です。
1/曲げる=長母指屈筋、短母指屈筋
伸ばす=短母指伸筋、長母指伸筋
広げる=長母指外転筋、短母指外転筋
閉じる=母指内転筋、母指対立筋
2/曲げる=深指屈筋、浅指屈筋、虫様筋
伸ばす=示指伸筋、総指伸筋、虫様筋
広げる=背側骨間筋
閉じる=第1・第2掌側骨間筋
3・4/曲げる=深指屈筋、浅指屈筋、虫様筋
伸ばす=総指伸筋、虫様筋
広げる=背側骨間筋
閉じる=第1・第2掌側骨間筋
5/曲げる=深指屈筋、浅指屈筋、短小指屈筋、虫様筋
伸ばす=総指伸筋、小指伸筋、虫様筋
広げる=小指外転筋
閉じる=第3掌側骨間筋、小指対立筋
見てお分かりの通り、実は1、2、5の指にだけ「専用の筋肉」があります。「筋肉の数」が原因ではなさそうです。
では何が原因なのでしょうか?
答えは簡単です。2と5では、大脳の運動野における支配領域の広さが違うのです。おおよそ1.5倍くらい違います。そして、一番領域が狭いのは4です。運動指令を出す脳の領域が狭ければ、そりゃあ2より5の方が自由に動かなくて当然というものでしょう。
では、どうしようもないのか? そんな事はありません。訓練によって、脳細胞同士のネットワークがどんどん密になると、より「効果的な筋肉の働き方」を脳が学習し、複雑な動作ができるようになり、無駄な筋肉を使う事がなくなります。複雑なパッセージを弾けるようになったり、脱力奏法ができるようになるのは、「指を鍛えた」せいではなく、「脳を鍛えた」せいなのです。
練習曲は、指の訓練の本ではありません。「指を制御する脳の訓練の本」です(まあ結果的に動くのは指の仕事ですが)。練習曲を繰り返し弾く事で、指を動かす部分の脳が、どんどん進化していく訳です。そして、脳を鍛えるからこそ、筋力が衰えても、そう簡単にピアノが下手になったりはしません(筋力は、20代後半からは衰える一方です)。
そして、曲だけ弾いてても上達しないのは、「その曲の指の動きは脳が学習するが、その他の曲に応用できない」からです。ツェルニーなどで様々なパターンの音型を繰り返し弾くのは、曲にその動きを応用させるべく脳を鍛えるためです。
地道なフィジカルトレーニング、ストレッチなどをやれば、野球の練習にもサッカーの練習にも役に立ちそうですが、野球の練習試合だけやってて、サッカーは上達しそうにないですよね?(笑) 同じ事です。まあ、どっちが楽しいかといえば、練習試合だけやってる方が楽しいでしょうけどね(笑)。
「指を鍛える」のはやめて、「脳を鍛え」ましょう。それが、合理的なピアノ練習への第一歩です。