【自民溶解 2009衆院選】(上)下野現実味、涙の再出発
「私の願いは1つ。ここにお見えの衆院立候補予定者に全員そろって帰ってきていただくことです」
21日昼、自民党本部9階で開かれた両院議員懇談会。閉会直前に2度目のあいさつに立った麻生太郎首相は感涙に顔をゆがめた。
反麻生勢力に押される形で開かれた懇談会だったが、予想に反して首相を指弾する声はほとんどなかった。「解散前に自民党の恥をさらすことにならないか」と懸念した首相はよほどうれしかったようだ。
≪一転した流れ≫
開会直前まで党本部は異様な緊張感に包まれていた。懇談会で親麻生、反麻生の両勢力が激突すれば、分裂含みで選挙戦に突入する危険性もあった。
それだけに首相は神妙な面持ちでこう切り出した。
「衆院解散にあたり、私の決意と覚悟を述べる前にまずおわびを申し上げなければならない。私の『ブレた』といわれる言葉が、国民に政治への不安・不信を与え、結果として自民党の支持率低下につながった。深く反省しております」
首相は地方選6連敗についても「私の力不足だ」とわび、こう続けた。
「自民党は真の保守政党。私たちは保守の理念をもとに集まった同志だ。今こそ歴史と伝統に培った自民党の底力を発揮し、この国難に立ち向かおう」
この一言が懇談会の流れを決定づけた。各議員から首相の賛美が続き、選対委員長を辞任した古賀誠元幹事長もマイクを握り、「さあ、今日から選挙区という戦場に行きましょう!」と声を張り上げた。
「麻生降ろし」の沈静化には、もう一つ理由がある。自民支持層は「党内のゴタゴタ」にうんざりしており、加担した議員の多くが地元選挙区で激しい突き上げを食らったのだ。
衆院本会議直前の自民党代議士会でも一瞬緊張が走った。先の代議士会で首相に面前で退陣を迫った中川秀直元幹事長が挙手し、再び演壇に立ったからだ。
だが、中川氏の声色は穏やかだった。「今日の首相のあいさつは非常によかった。潔く首相の決断を受け入れ、一致結束して戦いたい」。話し終えると首相に握手を求めた。
≪分裂を回避≫
「選挙に負けることを前提にした質問に私が安易に答えるとお思いか。今から選挙で戦うんですよ。あらん限りの力を振り絞ってやるのが選挙なんです」
21日夕の記者会見で首相が一瞬気色ばんだ。与野党で過半数を割った場合の責任の取り方を執拗(しつよう)に問われたからだ。
自民党への逆風はすさまじく「下野」は現実味を増している。なぜ、首相は「下野覚悟」で解散権を行使したのか。
理由はただ一つ。自らが退陣し、総裁選の末、衆院選に突入すれば、下野した際に自民党が分裂する公算が大きいと踏んだからだ。誰が新総裁になろうと勝算は乏しいならば、自らの手で解散し、責任をすべてかぶれば「自民党は守れる」と考えたのだ。
確かにいまの自民党は外交・安保政策さえも足並みをそろえることは難しい。気にするのは世論調査の結果ばかり。「どう動けば選挙に有利か」。それがすべてだと考える議員も多い。
夕刻の公認証授与式には武部勤元幹事長ら麻生降ろしの首謀者も次々に駆けつけ、首相とのツーショット写真に納まった。その豹変(ひょうへん)ぶりにさすがの首相も苦笑いした。
「どうして自民党はこんなに節操のない政党になってしまったのだろうな…」
そんな首相が衆院選で掲げたスローガンは「政治の責任」だ。記者会見で首相はこう強調した。
「国民に問うのは政党の責任力だ。約束が果たせなければ責任を取る。政治の責任を果たすため、命をかけて戦う」
民主党への「宣戦布告」は、自民党に政権政党の矜持(きょうじ)を問うた言葉でもある。
× × ×
「日本国憲法7条により衆院を解散する」
21日午後1時の衆院本会議。河村建夫官房長官から「紫の袱紗(ふくさ)」に包まれた解散詔書が議長席に届けられると、河野洋平議長は厳かに読み上げた。そして恒例の「万歳三唱」。民主党の小沢一郎代表代行は満面の笑みを浮かべたが、首相が硬い表情を崩すことはなかった。
記者会見を終えた首相に河村氏は「今夜はどこか店で食事をセットしましょうか」と声をかけた。だが、首相は首を横に振った。
「いや、四百数十人の首を切った日だ。公邸で一緒にメシを食おう」(石橋文登)
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