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イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区攻撃の「停戦」から18日で、半年がたった。イスラエル、エジプト両境界を封鎖されたガザの資材不足は著しく、復興が一向に進まない。地区内では「外の世界」への脱出を渇望する住民に査証(ビザ)取得を不法仲介する闇業者が暗躍している。疲弊するガザ社会に閉塞(へいそく)感が募る。【ガザ前田英司】
「ビザの入手に重要なのは、その国を訪れる『正当な理由』をいかに見つけるかだ」
ガザ市のビルの一室で、闇業者の一人が打ち明けた。事務所には看板も何もないが、連日、人づてに聞いた客が集まる。以前は仕事にあぶれた若者が大半だったが、「停戦」後は年配者が目立つようになった。最近の来客数は月間約200人に上り、攻撃前の約7倍に急増しているという。
境界を閉ざされたガザは時に、「監獄」に例えられる。外国の病院で治療を受けるなど特別な理由がない限り、住民に越境の自由はない。イスラエル軍の攻撃中、外国籍の保持者が優先的に保護されるのを目の当たりにした。「外国籍は『保険』」(住民)。ビザを取って海外で亡命申請しようという意識が広まった。
闇業者によると、ビザ入手の手口はこうだ。まずはインターネットで国際会議などの開催予定を調べる。服飾業界のイベントがあれば、架空の服飾メーカーの紹介文を作成し、ビザを求める客を同社の営業担当と偽って参加を希望する。先方が了承して招待状が届けば「準備は9割方、整ったも同然」。必要書類にその招待状を添えて、開催国のビザを申請する。
「(欧州連合=EU=の加盟国間を自由に移動できる)シェンゲンビザなら3500ドル。アフリカなら旅券(パスポート)さえ2000ドルで手配できる国もある」。闇業者は料金表を見せ豪語した。
こうした商売が横行する中、代金をだまし取られるケースも続発している。「ガザは政治的、社会的に崩壊した」と公務員の男性(40)は話す。闇業者に3000ドルでビザ入手を依頼したが、渡されたのはパソコンで模造した偽物だった。金を取り戻すことは難しい。彼はそれでも「子供の将来が不安。人間らしい生活をしたいから」と言い、改めて別の業者に接触すると言い切った。
3000ドルで偽ビザをつかまされた無職の男性(34)は、ガザを脱出したいのは「『パレスチナ国籍』をあきらめたからではない」と強調する。和平交渉が停滞して、先行きが見えないことに憤りをあらわにした。
一方、大学で海洋工学を専攻した失業中の男性(21)は、ナイジェリアに住む家族を頼って「正規」に同国のビザを取得した。男性は「すぐにでもガザを出たい。(外国の)市民権を得るまでは絶対に戻らない」と誓っていた。
ガザはイスラム原理主義組織ハマスによる07年6月の武力制圧以降、イスラエル、エジプト両境界を徹底封鎖されてきた。ガザの復興に封鎖解除が不可欠だが、「ハマス排除」をもくろむネタニヤフ・イスラエル政権にその用意はない。アッバス議長率いるパレスチナ自治政府もハマスのガザ支配を断つ力に欠ける。
国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、先月中にガザに運び込まれた物資はトラック計2583台分。ハマス支配前の約2割に過ぎない。物資の大半は食料品で、ガソリンやディーゼル燃料の搬入は病院向けなどの例外を除き、半年以上前から中断したまま。復興作業に必須のセメントも枯渇して、市価は10倍以上に高騰した。ガザ経済は結局、エジプト境界の地下に掘られたトンネル密輸に依存している。
国際社会は3月、約45億ドル(約4500億円)の復興支援を約束したが、ハマスがアッバス議長側と「和解」してガザ情勢を正常化するよう迫り、まだ実際の拠出はしていない。双方は協議を続けているが、権力争いも絡んで一筋縄でいかない。一方、イスラエルはガザに拘束されている自国兵が解放されない限り、封鎖の解除には応じない。ガザ復興はそれぞれの思惑に埋没し、後回しの状態だ。「停戦」後、強硬派のネタニヤフ首相が登場し、中東和平交渉は再開のめどが立っていない。パレスチナ側は、成果の見込めない交渉再開に応じない構えだ。
和平進展に意欲を見せるオバマ米大統領は現在、中東地域の包括和平を念頭に置いた独自案を構想中とされる。パレスチナ政策調査研究センターのハリル・シカキ代表は「米国の関与が事態打開のカギになる」と指摘。「オバマ政権が(イスラエル、パレスチナ双方への)『圧力源』になれるかどうかが試される」と解説した。
毎日新聞 2009年7月20日 東京朝刊