【たけくまメモ 出張版】「ヱヴァンゲリヲン」新作の成功
7月18日15時37分配信 産経新聞
■製作から配給まで監督自身が統括
庵野秀明監督による「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」が絶賛公開中である。2年前に公開された「序」は、作画こそ全面的に描き直しているが、内容はテレビ版の序盤そのままの展開だった。しかし公開するや、大ヒットを記録した。前作の公開時、2作目の「破」は2008年公開だと予告されていた。実際には1年延期され、この6月27日になってようやく封切られたのである。
なぜ公開が遅れたのかというと、1度完成していた脚本を破棄して最初から書き直したためらしい。作品の完成度を高めるためとはいえ、進行していた製作を中止して最初からやり直すのは異例の事態だ。一監督にここまでの「わがまま」が許された例は、チャプリンやキューブリックなど、例外的な巨匠に限られている。
人気監督には違いないが、巨匠と呼ぶにはいささか若い庵野監督に、どうしてこのような判断が許されたのか。それは彼が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を製作するために新会社(株式会社カラー)を設立し、同社を通じて企画・製作・監督・脚本・原画・宣伝・配給まですべてを手がけているからである。作家が小説を発表するに際して、まず出版社を作るようなものである。
ジョージ・ルーカスの『スターウォーズ・エピソード1〜3』も監督の自己資金で製作されたため「史上最大の自主映画」と呼ばれたが、クリエイターが外部(スポンサーなど)の干渉を避けて作品を創ろうと思ったら、このやり方しかないといえる。しかし、同時にそれはあらゆるリスクが監督個人に集約されるため、失敗したら莫大(ばくだい)な負債を背負うことになる危険な賭けでもある。
そのためか、今回の『ヱヴァ』は今のところ旧作に見られた前衛的・内面的な表現が後退し、娯楽性を前面に押し出した一大エンターティメント作品になっている。旧作の展開をそのままなぞった「序」とは違い、「破」から始まった独自のストーリー展開は旧作ファンにも大受けで、今回はとうとう公開2日間で興収5億円を突破するという、映画興行の新記録まで打ち立ててしまった。
興行は水物だとはよく言われる。どんな映画も、スタッフは「当てよう」と思って製作しているのに違いないが、当たる映画など数えるほどしかない。こう考えると、監督が巨大なリスクを負って「何がなんでも当てる」と思って製作し、実際に当ててしまう庵野監督の力量と胆力、『ヱヴァンゲリヲン』という作品の「底力」には改めて恐れ入る他はない。
私と庵野監督は同い年である。私が東京で駆け出しのフリー編集者だった頃、庵野監督は大学の仲間たちと自主アニメ映画を制作していた。その作品は学生映画の域を超えていると絶賛され、当時からマスコミの話題にも取り上げられて全国的に自主上映されていた。私は83年頃に東京で開かれた上映会に足を運んでいる。低予算の8ミリ映画だったが、その学生離れした技術と娯楽性あふれる内容に驚嘆した覚えがある。
あの時の学生監督が、今、全国ロードショーのヒット作品を手がけていることには感慨ひとしおだが、自己資金・自主製作・自主配給という、学生映画をそのままグレードアップしたやり方には、「三つ子の魂百まで」というような感慨を通り越して、ただ慄然(りつぜん)としてしまう。
政党や大企業やマスコミなど、かつて盤石と思われていた巨大なシステムが立ちゆかなくなりつつある。こういう時代にあって、庵野監督のやり方は旧来のシステムに依存せずに「作家」を貫くためのひとつのモデルケースに私には見える。私もかつて同人誌制作からスタートして編集者・文筆家となった身なのだが、庵野秀明は同世代としてもっとも気になるクリエイターであったし、これからもそうなのだろうと思う。(竹熊健太郎)
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庵野秀明監督による「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」が絶賛公開中である。2年前に公開された「序」は、作画こそ全面的に描き直しているが、内容はテレビ版の序盤そのままの展開だった。しかし公開するや、大ヒットを記録した。前作の公開時、2作目の「破」は2008年公開だと予告されていた。実際には1年延期され、この6月27日になってようやく封切られたのである。
なぜ公開が遅れたのかというと、1度完成していた脚本を破棄して最初から書き直したためらしい。作品の完成度を高めるためとはいえ、進行していた製作を中止して最初からやり直すのは異例の事態だ。一監督にここまでの「わがまま」が許された例は、チャプリンやキューブリックなど、例外的な巨匠に限られている。
人気監督には違いないが、巨匠と呼ぶにはいささか若い庵野監督に、どうしてこのような判断が許されたのか。それは彼が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を製作するために新会社(株式会社カラー)を設立し、同社を通じて企画・製作・監督・脚本・原画・宣伝・配給まですべてを手がけているからである。作家が小説を発表するに際して、まず出版社を作るようなものである。
ジョージ・ルーカスの『スターウォーズ・エピソード1〜3』も監督の自己資金で製作されたため「史上最大の自主映画」と呼ばれたが、クリエイターが外部(スポンサーなど)の干渉を避けて作品を創ろうと思ったら、このやり方しかないといえる。しかし、同時にそれはあらゆるリスクが監督個人に集約されるため、失敗したら莫大(ばくだい)な負債を背負うことになる危険な賭けでもある。
そのためか、今回の『ヱヴァ』は今のところ旧作に見られた前衛的・内面的な表現が後退し、娯楽性を前面に押し出した一大エンターティメント作品になっている。旧作の展開をそのままなぞった「序」とは違い、「破」から始まった独自のストーリー展開は旧作ファンにも大受けで、今回はとうとう公開2日間で興収5億円を突破するという、映画興行の新記録まで打ち立ててしまった。
興行は水物だとはよく言われる。どんな映画も、スタッフは「当てよう」と思って製作しているのに違いないが、当たる映画など数えるほどしかない。こう考えると、監督が巨大なリスクを負って「何がなんでも当てる」と思って製作し、実際に当ててしまう庵野監督の力量と胆力、『ヱヴァンゲリヲン』という作品の「底力」には改めて恐れ入る他はない。
私と庵野監督は同い年である。私が東京で駆け出しのフリー編集者だった頃、庵野監督は大学の仲間たちと自主アニメ映画を制作していた。その作品は学生映画の域を超えていると絶賛され、当時からマスコミの話題にも取り上げられて全国的に自主上映されていた。私は83年頃に東京で開かれた上映会に足を運んでいる。低予算の8ミリ映画だったが、その学生離れした技術と娯楽性あふれる内容に驚嘆した覚えがある。
あの時の学生監督が、今、全国ロードショーのヒット作品を手がけていることには感慨ひとしおだが、自己資金・自主製作・自主配給という、学生映画をそのままグレードアップしたやり方には、「三つ子の魂百まで」というような感慨を通り越して、ただ慄然(りつぜん)としてしまう。
政党や大企業やマスコミなど、かつて盤石と思われていた巨大なシステムが立ちゆかなくなりつつある。こういう時代にあって、庵野監督のやり方は旧来のシステムに依存せずに「作家」を貫くためのひとつのモデルケースに私には見える。私もかつて同人誌制作からスタートして編集者・文筆家となった身なのだが、庵野秀明は同世代としてもっとも気になるクリエイターであったし、これからもそうなのだろうと思う。(竹熊健太郎)
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最終更新:7月18日15時50分
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