北朝鮮による拉致被害者救出運動の中心的な役割を担っている拉致被害者家族会事務局長増元照明氏が、前航空幕僚長田母神俊雄氏と7月5日、埼玉県内で講演会を行った。講演会の主催は「村山談話の破棄を求める埼玉市民の会」で、「維新政党・新風」「主権回復を目指す会」などが協賛団体として名を連ねている。「田母神論文と拉致問題」と題したシンポジウムでは、北朝鮮に対する“軍事制裁”や、そのためのスパイの必要性などが議論された。また田母神氏が原爆の日に広島で行う講演に関して、自重を求める広島市秋葉市長を「バカ市長」と呼び、「こういう市長を選んだ責任は広島市民にある」と非難する発言も飛び出した。(村上力)
●右派に取り込まれた拉致被害者救出運動
この講演会の主催は「村山談話の破棄を求める埼玉市民の会」。後援は「日本世論の会埼玉県支部」である。また協賛団体には、「新しい歴史教科書をつくる会埼玉支部」「自由主義史観研究会埼玉」「維新政党・新風」「主権回復を目指す会埼玉」などが名を連ねている。
これらの団体は、主に歴史や憲法問題を取り扱っている右派の団体である。講演会では全員起立で君が代を斉唱し、田母神氏の持ち前の歴史観も披露されたが、そういった右派の運動に「拉致」というイシューが据えられたものといえよう。
●「被爆国だからこそ日本は核武装を」
田母神氏は、原爆の日の8月6日に広島市で「ヒロシマの平和を疑う」と題した集会を予定している。これに対し、秋葉忠利広島市長が、「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す結果となりかねない」として講演の日程変更を訴えていた。(※1)
今回の講演で田母神氏は、「(秋葉市長の)論理が全くおかしいと思います。唯一の被爆国だから、三度目の核攻撃を受けないように、日本は核武装しなければならない」と話し、会場からは大きな拍手が起こった。シンポジウムの司会の日本世論の会会長三輪和雄氏も、秋葉市長を「バカ市長」と批難し、「こういう低レベルな市長を選んだのは市民の責任」と苦言を呈した。
●田母神氏「経済制裁で言うことを聞かなければ軍事制裁に」
三輪氏の司会で、増元氏、田母神氏と、埼玉県議会議員岡重夫氏(民主)をパネリストとして迎えて「田母神論文と拉致問題」と題されたシンポジウムが行われた。田母神氏と岡氏は、「拉致被害者救出」を目的として、予備自衛官などで組織される「予備役ブルーリボンの会」の幹部である(※2)。
田母神氏は、北朝鮮に対する武力行使を「やむをえない、むしろ正当」「経済制裁で言うことを聞かなければ軍事制裁に」と主張した。シンポジウムは主に、拉致被害者救出を名目としての北朝鮮への自衛隊出動(=武力行使)に関してのものであった。
●増元家族会事務局長も武力行使に意欲
増元氏は、北朝鮮への武力行使に意欲を示し、以下のように発言した。
「ここまで北が混乱していると、邦人保護という意味合いで、憲法解釈を少し変えれば、できるはずなんです。邦人保護ということで、他国に居る日本人を救出するために、自衛隊は出動できるはずです。そういったことを含めて、やっていただきたいんですが。その前に、外交機密費とか、官房機密費の1億でも使えば、いろんな情報が今入ってくるんですよ北朝鮮からは。これは脱北者の方たちが言ってますけれども、今北朝鮮は、金さえあればなんでもするという状況になってきてしまったと嘆いています。金をいくらか使えば、いろんな情報が無尽蔵に入ってくる状況にあるにもかかわらず、残念ながら日本はその情報を集めようとしていません」
「情報が入ってこなければ自衛隊だって突っ込みようが無いというか、救出しようがないじゃないですか。どこに何人いる、あそこに何人いるという情報が入って初めて、迅速に被害者を救出できるわけで、向こうに行って、右往左往していたら、北朝鮮軍に見つかって戦闘行為になりますよ。戦闘行為をしないで救出するためには、確実な情報をあつめなきゃいけないのに、そのためにお金を全く使おうとしないというのが、わが国であり、そういうことからして、本当に拉致被害者を救出しようとしているのかという、その姿勢が今疑われるんですね。これは非常に残念です」
●民主党県議は「自衛隊は市街地戦闘、橋梁爆破、敵指揮官狙撃のための情報収集と予行演習」を主張
上の発言のようにスパイの必要性を説く増元氏に、自身が自衛隊OBである岡氏は、以下のように付け足した。
「市街地戦闘、あるいは橋梁爆破、敵の指揮官を襲撃する、こういうときには、必ず敵の情報を正確に掴んで、その場を設定して予行演習を徹底してやるんですね。何も分からないところに突っ込んでいったらそれはまさに犬死になります。そういう意味で、やはり北朝鮮の情報を、国がしっかりと収集をする。特に拉致被害者が何処に居て、なにをしているのか。これは通信情報とか電子情報、こういうものでは取れないものはやはり人による情報、スパイが必要なんですね。そういう意味で、国家機密費とかは、そういうところに金を使う。そして自衛隊を訓練させて、行けと言ったときにはかならず任務が達成できるような訓練をさせておく。これが政府の役目だと私は思っております」
※1:
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090630k0000m040099000c.html
「毎日新聞」2009年6月30日 「田母神俊雄氏:「ヒロシマの平和を疑う」8月6日講演予定」
※2:http://www.yobieki-br.jp/index.html
予備役ブルーリボンの会 田母神俊雄氏は顧問を務め、岡重夫氏は幹事である。
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