【ロンドン笠原敏彦】イラン政府が先の大統領選後の社会混乱で、非難の矛先を英国に向けた背景として、英BBCが今年1月に放送を始めたペルシャ語衛星テレビの存在が浮上している。BBCはイラン当局の電波妨害に遭いながらも、イラン国内の視聴者から送られてくるデモの映像などを放送し続けている。改革派デモの拡大を懸念し報道規制を強めるイラン政府にとって、空から舞い降りる「映像」は大きな脅威となっているようだ。
ロンドンの繁華街オックスフォード通りを見下ろすBBC放送センターにペルシャ語衛星テレビのスタジオはある。スタッフは若いイラン人を中心に約150人。1日8時間(イランの夜間)、ニュースやトーク番組などを主にイランに向けて放送している。
女性司会者のプーネ・ゴドゥーシさん(37)は、大統領選後のイラン情勢に「我々の放送も大きな影響を与えたと思う。イラン政府が英国非難を強めた理由の一つも、ペルシャ語テレビでしょう」と話す。視聴者が電話やインターネットで参加する時事番組を担当。投票日の前からデモが拡大した6月下旬にかけ、1時間の番組を1日3回放送した。
ペルシャ語テレビにはピーク時、1日1万通のメールのほか、デモなどのビデオ映像が1分間に6件も殺到したという。中には、改革派を名乗りながら放送開始とともにアフマディネジャド大統領を賛美し始めた人もいたという。同テレビは、ムサビ元首相らを支持する改革派と大統領派の「闘いの場」ともなったようだ。
視聴者は推定で600万~800万人。イラン当局は選挙後、電波妨害を始めたが、BBCが利用衛星の数を増やすなどして対処した。ペルシャ語ラジオ放送の責任者でテレビにもかかわるバルゼガール氏は「我々はイランで何が起きているのかを客観的に報じているだけだ。規制強化でイランの人々がBBCと話すのは難しくなっている」と話す。
イランは今回、「最大の敵」を従来の米国から英国に変えた。英国を「スケープゴート」にして市民の怒りを国外に向けるという狙いだけでなく、同放送は真の「脅威」になりつつあるようだ。
【ことば】▽イランの英国非難▽ イラン政府当局は大統領選(6月12日投票)の開票結果に対する抗議行動激化を受け、6月21日、「中立性を無視してでっち上げを報道し、暴徒を支持した」として英BBCのテヘラン特派員の国外退去処分を発表。翌22日には駐イラン英外交官2人にも同様の処分を命じ、その後、英国大使館の現地スタッフ9人を一時拘束するなど、英国への攻撃姿勢を強めた。
毎日新聞 2009年7月14日 12時19分(最終更新 7月14日 13時53分)