2009年7月12日21時10分
奈良市長選で当選を決めて喜ぶ民主推薦の仲川元庸氏(中央)=12日午後10時11分、奈良市角振町、飯塚晋一撮影
市民の反応は上々だった。告示直前に近鉄奈良駅前などで演説した岡田幹事長は「何度か同じ場所に立ったが、これだけ多くの人に来てもらったことはなかった」と驚き、仲川氏も「こちらが訴えると、聴衆から波のように反応が返ってくる。街とキャッチボールをしているようだ」と手応えを感じていた。
ただ、仲川氏が街頭で訴えた内容は「無駄ゼロ」「しがらみゼロ」といったキャッチフレーズが中心で、財政再建や観光振興策などの課題に対する具体的な政策は聞こえてこなかった。県連幹部が「今なら誰が出ても勝てる」と表現したように、勝因は若さと民主への突風だった。
一方、自民と公明の推薦を受けた鍵田氏は、元奈良市長の亡父・忠三郎氏と親子2代にわたって「カギチュウ」の愛称で親しまれ、知名度は抜群だ。04年の市長選で初当選し、税滞納問題で辞職。出直し市長選で敗れたが、05年総選挙で「小泉チルドレン」の1人として奈良1区に立候補し、比例復活当選した。
陣営は自民への逆風を意識して政党色を薄め、政治経験の豊富さを強調。仲川氏とは対照的に自民党幹部らの応援はいっさいなく、亡父から引き継いだ後援会「忠山(ちゅうざん)会」が運動の中心になった。しかし、任期途中に衆院議員を辞めて市長選に再挑戦した姿勢に理解が得られず、後援会員の高齢化もあって支持を広げられなかった。