核問題をめぐる私たちの思いは今春以来、北朝鮮の危険な動向への懸念と、オバマ米大統領が提唱した究極的な核廃絶への期待との間を、行ったり来たりした。
北朝鮮が予告した「人工衛星打ち上げ」は核ミサイルへの野望を示すという見方が強まる中、オバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領は4月1日、新たな核軍縮条約の交渉開始に合意した。
同5日に北朝鮮が問題の「発射」に踏み切った直後、オバマ大統領はプラハで行った演説で「核兵器のない平和で安全な世界」の建設を訴えた。「核兵器を使った唯一の核兵器保有国として米国は行動する道義的責任がある」と言い切ったことは、特に日本で大きな反響を呼んだ。
この演説の中で大統領は北朝鮮のミサイル発射を非難し「罰せられねばならない」と明言した。だが北朝鮮は5月25日、2度目の核実験を行い、国連安全保障理事会は新たな制裁決議を採択する。
新たな救いになったのは米露交渉の進展だ。イタリアでの主要8カ国(G8)首脳会議に先立ち、米露首脳は戦略核弾頭の上限を各1500~1675発とする新たな核軍縮の枠組みに合意。続く首脳会議本番では核廃絶促進が初めて合意され、同時に北朝鮮の核実験やミサイル発射を非難する首脳声明・宣言も採択された。
こうした国際的な動きを論じた主要紙の社説のうち、この週に掲載されたものの見出しだけ表に並べたが、オバマ大統領の核廃絶構想に直接関連する4月以降の各紙論調を大まかに比べてみたい。
毎日は4月の米露首脳会談を歓迎した社説に「核兵器廃絶に踏み出せ」との見出しを掲げた。オバマ大統領のプラハ演説を先取りした形だ。米露の核軍縮は「北朝鮮やイランなどの核兵器保有を阻む国際的な機運につながる」と指摘し、核廃絶という遠大な目標と北朝鮮への対処を結びつけた。
実際のプラハ演説を受けた社説では、オバマ大統領の「道義的責任」明言は日本への原爆投下の責任を直接認めたものではないと説明しつつ、核廃絶の先頭に立とうという姿勢を高く評価。大統領に「ぜひ、広島や長崎の原爆忌に列席してほしい」と求めた。
G8首脳会議前の米露核軍縮合意の際は「核兵器なき世界」への一里塚になったと評価すると同時に「北朝鮮などの核兵器保有を防がなければ核兵器全廃もありえない」と指摘。G8首脳会議後の社説では、今後の課題は「実践」だと述べ、核廃絶に向けた日米の連携を提唱した。
この好意的な毎日の論調と比べると読売はやや冷淡な感がある。4月の米露社説は「核拡散防止に責任を果たせ」との見出しで、核廃絶という目標には触れず、7月の米露合意の際も同趣旨と読める見出しの社説を掲げた。
プラハ演説についても、オバマ大統領が「私が生きているうちは達成できない」と認めた部分を強調し、遠いゴールより「危険な芽を丹念に摘み取る現実的な取り組み」が重要だと書いている。
こうした「理想より現実重視」と受け取れる姿勢は日経も共通している。米露合意やオバマ構想に期待を表明し、評価しつつも、熱意を伴う歓迎は控えた。核廃絶の困難さを思えば理解はできる。
産経はさらに冷ややかだ。同じ期間に関連社説を他紙は3~4回書いたが産経は2回だけ。しかもオバマ演説を受けた社説は「制裁の枠組み作りに動け」との見出しを付けて論じた。米露の核軍縮合意についても「核削減にあたって米国が日韓、欧州などの同盟国に提供する拡大抑止(核の傘)の機能を損なっては元も子もなくなる」と警戒感を強く示した。
やや脇にそれるが、被爆国としての日本の核廃絶の訴えと、米国の核の傘に守られている現状との「矛盾」が語られることがある。特に北朝鮮の脅威への対抗手段として、産経の社説にある「核の傘」の保障を米国に求めるとき、どうも悩ましいという話になる。
しかし核廃絶はゴールが目に見える状況ではない。そういう冷厳な現実の中でなお「核兵器なき世界」を目指している。そして北朝鮮の核兵器の脅威もまた冷厳な現実だ。これに対処しないという選択肢はない。両者は次元の異なる問題であって相互に矛盾しないという見解を最近、高名な識者が語っていた。
主要紙の比較を続けよう。残る朝日と東京はオバマ大統領の理想に好意的だという点で毎日と似ている。
例えば朝日は、毎日とテーマが重なった4回の社説で「核廃絶構想」「核のない世界」といった言葉を少なくとも計10回は使っている。読売、日経、産経はごく少ない。オバマ大統領のプラハ演説を論じた社説に朝日は「核なき世界へ共に行動を」と見出しをつけた。
米露核軍縮合意の際には、目標が現実味を帯びるには、ここから先の前進が必要なのだと指摘。さらに次の新条約に進んで「他の核兵器国も引き込んだ多国間軍縮交渉への道筋を描く必要がある」と具体的な提言をしている。
ただ、毎日と大きく異なるのは北朝鮮への言及が少ないことだ。毎日は4回の社説で計19回も「北朝鮮」という言葉を用いて論じたが、朝日はごく短く計4回しか言及していない。これは読売や産経と比べても極端に低い頻度だ。北朝鮮の核実験やミサイル発射への対策を論じた社説が別途あるので役割分担したのかもしれないが、やや違和感がある。【論説委員・中島哲夫】
毎日新聞 2009年7月12日 東京朝刊
7月12日 | 「核兵器なき世界」 「理想と現実」見据え |
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