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主要8カ国(G8)首脳会議(ラクイラ・サミット)は8日、「核兵器のない世界に向けた状況をつくることを約束」する首脳声明を採択した。「核なき世界」を目指すオバマ米大統領の方針に各国が賛同した形で、核軍縮の動きが一気に加速する期待も膨らむ。だが、「核大国」の一角である中国の態度は不鮮明な上、北朝鮮やイランの核開発など難題は多い。声明は核廃絶へ向けた大きな弾みとなるのだろうか。【ラクイラ草野和彦、大木俊治】
G8首脳が夕食を共にしながら、約2時間半にわたって政治問題を議論した8日のワーキングディナー。イランや北朝鮮問題に続き、話題は核不拡散に進んだ。議論をリードしたのはオバマ大統領。6日の米露首脳会談での戦略核弾頭削減合意の成果を披露し、来年3月にワシントンでテロリストへの核物質拡散を防止する「世界核安全保障サミット」を開くと発表した。
「(成功した)メドベージェフ露大統領との会談が続いているような感じで、大統領は満足していた」。8日、記者会見したマクドノー米大統領次席補佐官(国家安全保障問題担当)は大統領の様子をこう表現。「(米露会談の)勢いが続いている」と話した。
ディナーでは「米露の(軍縮)イニシアチブを各国首脳が歓迎する形で議論が行われ」(日本政府同行筋)、オバマ大統領の説得が各国に自然に受け入れられていったようだ。
「米大統領が核実験全面禁止条約(CTBT)批准を求めることを決めたことを歓迎する」「米大統領が発表した(核サミット)構想の発展を期待する」。首脳声明には、オバマ大統領の核政策へのエールが並んだ。
オバマ大統領が核廃絶問題に「先を見越した」(米政府高官)積極姿勢をとる最大の理由は、大統領にとって「核テロが世界の安全保障にとって最も差し迫った脅威」だからだ。大統領は「テロを待つぐらいなら、共に手を携えて核安全保障のムードを高めたがっている」(同)という。
核廃絶に向けG8声明が打ち出した具体策は多様だ。核軍縮に消極的なブッシュ前米大統領の下で「死文化」されたCTBTの「発効に向け集中的に努力する」ことや、同じくブッシュ政権の影響で05年の交渉が決裂した核拡散防止条約(NPT)再検討会議が「強化されるよう共に働く」こともうたわれた。高濃縮ウランの生産などを規制し、核テロ防止に役立つ「兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約」についても、ジュネーブ軍縮会議が早期に交渉入りすることに「強い支持」を打ち出した。
軍縮への動きはここ数年停滞を続けていた。サミットでの合意は、これら具体策を前進させる可能性を秘めている。
「核兵器なき世界」実現の道のりは険しいのも事実だ。
G8にはもう一つの核兵器保有国・中国が元々参加していない。NPTで認められた保有5カ国の中でCTBTをいまだに批准していないのは米国と中国だけだ。核兵器の性能維持技術で遅れているとみられる中国が、批准に応じる可能性は低い。カットオフ条約についても中国の抵抗が予想される。
また、NPTに加盟していない核兵器保有国のインドとパキスタン、さらに核実験に成功した北朝鮮を核廃絶に導くことは困難だ。米国が最も警戒するイランは一貫して「平和利用の核開発はNPTで定められた権利」と主張。イランと敵対するイスラエルの核もイランの出方と密接にからむ。
一方、首脳声明に賛成したロシア国内では、核兵器廃絶は非現実的との見方が強い。核兵器はロシアにとって、米国と並ぶ世界の軍事大国として影響力を維持するために必要不可欠だからだ。米国がミサイル防衛(MD)計画を見直さなければ、米露の新たな核軍縮条約も進展しない可能性がある。ロシアにとって当面の国家戦略はあくまで米露間の戦略戦力均衡にある。
日本政府はG8首脳声明を歓迎している。ただ、サミットの場に不在の中国の核こそ日本政府にとっては気がかりだ。米露先行で核軍縮が進めば中国の核が比重を増し、日本に対する米国の核の傘の信頼性が下がる可能性があると懸念している。
今回の声明には「すべての国に対し一層の透明性をもって更なる核軍縮措置をとるよう求める」と盛り込まれ、外務省幹部は「日本にすれば当然『すべての国』のなかに中国が入っていると理解する」と解説する。だが、中国は米露がまず核軍縮をすべきだという立場を変えていない。
日米は月内にも、米国の核の傘など核戦略について話し合う実務者レベルの公式協議を開催する。米国の傘の下にある日本にとっては、核廃絶へのジレンマも多分にあり、公式協議も日本の不安を米国がなだめるためという色彩が強い。外務省幹部は「話し合えることは良いが、実質は何も詰まっていない」と語った。【須藤孝】
「核兵器のない世界」を首脳声明に盛り込んだのは時代の変化を表している。
米国は、ブッシュ前政権の一国主義的な政策から、多国間主義に大きく転換した。米露間交渉だけではなく、主要国全体で核軍縮を打ち出せたことで、今後の協議に弾みがつく。主要国が、核軍縮に取り組むオバマ大統領を「本気だ」と認め、信頼したとも言える。今後は、オバマ大統領が提唱する核軍縮、核不拡散、核テロ対策の3分野で具体的進展が見られるだろう。
ただ、懸念は北朝鮮とイランの動向だ。両国の核開発が核軍縮協議に直接影響を与えるわけではないが、いい流れの雰囲気を壊してしまう恐れがある。
毎日新聞 2009年7月10日 東京朝刊