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一般企業の救済に公的資金を活用する仕組みが動き出した。窮地に陥った企業に日本政策投資銀行などが出資し、再建に失敗したら、失われた資本の5〜8割を政府が穴埋めする。改正産業再生法に基づく制度だ。
健全な企業が天災さながらの需要急減で突然死するような悲劇を防ぐためにできた。異例中の異例の緊急避難措置だ。制度自体にやむを得ない面があるにしても、対象となる企業が本当にこの制度を適用するのにふさわしいかどうか。厳しく問われる必要がある。
第1号は、データを記憶する半導体DRAM(ディーラム)を日本で唯一専業でつくるエルピーダメモリ。この制度はもともと同社の救済を想定していたと見られている。赤字で自己資本が減り、倒産する恐れもあったからだ。
自力で資本を増強し、前年度末のピンチは乗り切った。そこへ今回の制度を適用し、政投銀による300億円の出資を核に大手金融機関からの融資を含め、総額1600億円の資金供給を受けて経営再建に向かうことになった。
エルピーダは台湾の業界との提携を目指している。そうすれば世界1位の韓国サムスン電子に肉薄できるかも知れない。韓国と日台勢で世界市場を分け合えば、商売は順調だろう。「韓国も台湾も政府が支援しているから、日本も」ということらしい。だが、それでは緊急避難を助けるという制度の前提を超えることにならないか。
実は、80年代に世界を席巻した日本のDRAMを没落させたのも政府の介入だった。86年の日米半導体協定は輸出を規制する官製カルテルで、日本のDRAM各社は巨利を得た。それが慢心を呼び、90年代に韓国に抜かれた。政府の支援を受けた企業は、自分の地力を見失うという副作用に陥りがちで、開発や投資の戦略を誤りやすい。
今回の措置には、世界貿易機関(WTO)協定に触れる輸出補助金と見なされる危険もある。むしろ、政府がなすべきなのは、韓国や台湾に対して過剰な後押しをやめるよう説得することではないだろうか。
公的資金を求める動きは他にもある。経済危機のはるか前から構造的な業績不振に苦しんでいた企業にも新たな措置が適用されかねないところが問題だ。健全な企業の緊急避難と言えないような案件で制度を使えば、市場経済のゆがみを拡大し、日本の産業の前途に禍根を残しかねない。
民間銀行の姿勢も気になるところだ。この制度では、窮地に立つ企業に銀行が出資する場合も政府保証が受けられる。だが、出資は政投銀に押しつけ、自らは融資でお茶を濁そうとしていないか。救済される企業の主取引先である銀行は相応の出資をするのが筋というものではないか。
公益法人の不祥事が続いた。日本漢字能力検定協会のトップによる背任事件が起き、日本農村情報システム協会でも不透明な取引が明らかになった。事業に公益性があるとして税制上の優遇措置を受けているのに、自覚のなさにはあきれる。
新しい公益法人制度が去年末に始まったところだった。5年をかけて移行する。直接のきっかけは00年に起きた財団法人KSDをめぐる汚職事件だ。その後も日本クレー射撃協会や日本スケート連盟、日本相撲協会などで不明朗な資金管理が明るみに出ている。
全国に約2万5千ある公益法人の中で問題があるのは一部であろう。しかし、新制度への移行を機会に、法人側にも再点検を求めたい。
新制度では、従来の主務官庁制をやめ、登記だけで一般法人と呼ばれる法人を設立できる。その中で基準を満たすと認定されれば、「新公益法人」としてこれまで以上に税の優遇を受けることができる。認定の判断は専門家を集めた内閣府の第三者委員会と都道府県の機関が担当し、先月末までに全国で27法人が公益認定を受けた。
不祥事のたびに背景として指摘されるのは、公益法人の特定の幹部に権限が集中し、組織のあり方が不透明なことだ。新公益法人は理事や監事を必ず置き、理事会などには本人の出席が求められる。これまでのように著名人の名前だけを借りて、というわけにはいかない。役員は、その役割と責任をきちんと果たすことが求められる。
新制度は一定の情報公開も定めている。しかしそれ以上に、インターネットなどを使って、会計書類や役員の報酬支給基準、事業計画などできる限りの情報を多くの人の目にさらすのがいい。そうすることで組織に緊張感も生まれてくるだろう。
漢検協会からは主務官庁の文部科学省が毎年、事業報告書の提出を受けていた。立ち入り検査もしていたのに、巨額の業務委託といった不明朗な運営をチェックできなかった。新設の第三者委員会には財務や会計の専門家もそろう。目を凝らしてほしい。
会計監査人を置くことも義務づけられた。ただ、置かなくてもいいという例外の範囲が広くなったことで、実際に置く法人は、これまでより減るのではないかと言われている。実質的に基準が緩和された背景には、政治家の圧力があったのではないかと疑う声もある。見直す必要があるのではないか。
不祥事が起きたからといって、官庁の監督権限や規制を強めればいいというわけではない。
改革の狙いは、民間の公益活動を盛んにし、活力ある社会をつくることだ。政府は制度をよりその目的に沿ったものにしていくとともに、公益法人側の自律を期待してほしい。