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特許侵害訴訟:シマノに勝った韓国ベンチャー(下)

 しかし劉さんはあきらめなかった。最後に劉さんは、ドイツのケルン部品ショーに出品することにした。劉さんは「一度は国際社会に認められた製品なのに、簡単に倒れるわけにはいかない。会社が生き残る最後のチャンスだった」と語った。幸いにも、ある企業が関心を示してくれた。

 当初5000万ドル投資するとの意向を示していたその企業は、劉さんの会社が不渡りを出したのを知り、2000万ドル(約19億円)まで投資額を削った。劉さんは株主たちに選択を委ねた。結局、株主は劉さんともう一度挑戦することにした。劉さんは05年3月に(株)MBIという会社を作り、昔の中核研究員を再結集させた。大学で1年学び軍隊生活も終えた息子のユヒョクさん(26)も、父親の仕事を手伝った。ユヒョクさんは「父親に引き留められたが、会社を助けるため、学業をやめて仕事を始めた」と語った。

 劉さんは新たな技術を開発し、着実に準備を重ね、08年3月にシマノを特許権侵害で訴えた。劉さんの特許の出願がシマノの特許より84日早いからだ。劉さんは「日本企業の影響力が小さいドイツで訴訟を進めることにした」と語った。

 シマノから訴訟を起こすという脅迫も受けた。各自の特許を認めないなら、逆訴訟を起こすというわけだ。劉さんは「彼らは“自分たちは大企業”だと公然と脅迫した」と語った。シマノの脅迫は、今年4月にMBIの勝利という形でシマノ側に跳ね返った。

 シマノが逆にMBIを訴えた裁判で、日本の特許庁はMBI側の肩を持った。劉さんは「シマノから和解提案があったため、思い切って1兆ウォン(約761億円)と書いた。これはシマノが特許技術で稼いだ金額の50%で、決して多い額ではない」と語った。

 劉さんは「今月9日にドイツで、“シマノはMBIの特許権を侵害していない”という仮判決が出たが、これも問題ない」と話す。「裁判所が文書だけを見て性急に決定を下したようだ。2審では機械関連の特許専門家が出て審査を行うため、100パーセントの勝算がある」と語った。

清州=キム・ソンミン記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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