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社説

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臓器移植法案―参院の良識で審議尽くせ

 本人の意思が不明でも、家族の同意があれば臓器を提供できるとする臓器移植法の改正案が、衆議院本会議で可決された。

 成立すれば、現行法ではできなかった脳死の子どもからの臓器移植にも道が開かれる。心臓などの移植を受けるには海外に渡るしかなかった子どもたちにとっては朗報といえる。

 3年後とされていた現行法の見直し時期が過ぎて10年近い。これ以上の放置は許されなかった。

 とはいえ衆議院の委員会での審議はわずか8時間。勉強会などへの出席者も少なく、態度を決めかねた議員が多い中で結論を急いだ面も否めない。

 なによりこの改正案は、本人の書面による意思の表明を前提とする現行法の枠組みを一変させるものだ。

 同時に提出されていた三つの改正案は、いずれもこの現行法の根幹を守っている。採決には至らなかったが、その事実は重く残る。

 ほかの案の意図するところは、臓器の提供は本人の意思に基づくのが本来のあり方で、子どもの場合でも可能な限り、そうあるべきだということだ。現状では無理のない考え方だろう。

 舞台は良識の府とされる参議院に移る。議論を重ね見識を示してほしい。

 97年に施行された現行法の枠組みを作ったのも実は参議院だ。この時、衆議院では、脳死を一律に人の死とする法案が可決された。しかし、まだ社会的な合意がないとして、参議院が、臓器移植のときに限って脳死を人の死とするという修正を加えた。

 今回の改正案は、衆議院の審議の中で骨格が揺らいだ。もともとは脳死を一律に人の死としていた。ところが採決を目前にした委員会で、提案者は臓器移植の場合に限って死とすると、異なる見解を述べた。

 「脳死」は医学の進歩で生まれた、いわば新しい死だ。法律で死と定めることの影響は、医療現場をはじめ広い範囲に及ぶ。日本弁護士連合会や学会などから、拙速な法改正は慎むべきだという意見が出ていた。

 法案の文言こそ変わっていないが、こうした強い反発に加え、提案者自身の戸惑いゆえに軌道修正を図ろうとしたのだろう。参議院ではまず、この点を明確にしなければなるまい。

 また、この法案は、親族への優先提供を認める。これは臓器移植システムの公平性の点から問題がある。

 臓器移植は、臓器を提供した人の死と、その臓器を移植された人の新しい生という両面を必然的に持つきわめて特殊な医療だ。どちらもゆるがせにはできない。社会としてどう進めていくのか、死生観も絡む重い問題だ。

 現行法の下での経験や実績をもとに、社会の変化も踏まえ、納得のいく結論を出さねばならない。

景気底打ち宣言―回復への道はまだ遠い

 政府が事実上の「景気底打ち」宣言をした。これには多くの人が実感とのズレを感じたに違いない。

 失業率は上昇し、有効求人倍率は過去最悪。雇用の先行きは不安がいっぱいだ。大手企業が夏のボーナスを大幅にカットしているが、賃金も減って、家計が苦しいと感じる人がますます多くなっている。消費者の財布のひもは固く、モノが売れない。これで「底打ち」といえるのか……というのが人々の受け止め方だろう。

 それも当然だ。底を打ったと言っても、生産も輸出も、水準は世界経済危機が一気に表面化した昨秋と比べ、まだ3割以上も低い。景気の急降下のスピードが弱まり、ようやく「底抜け」の恐怖は去った。だが回復への足がかりもなかなか見えない。現状はそんなところではないか。

 政府には、底打ち宣言で消費の萎縮(いしゅく)を食い止めたい、との狙いもありそうだ。大型の危機対策の効果と実績を演出し、総選挙に役立てたいという思惑もあるのだろう。

 だが、今回の不況はその程度で克服できるようなものではない。日本がバブル崩壊後の長期停滞から抜け出したころには、米国や中国の経済が好調で、輸出が力強いエンジンになった。ところが今は米国も欧州も金融システムがいまだ不安定で、回復にはかなり時間がかかると見られる。

 中国は大型景気対策の効果が出ているものの、息切れしたときにどこまで高成長路線を突っ走れるのか。

 とても外需頼みの回復シナリオを描けるような環境とは言えないのだ。与謝野経済財政相が底入れ宣言の記者会見で「日本単独での回復はなく、世界経済の状況によっては下ぶれリスクがある」と慎重な見方を付け加えたのは、そのためだ。

 人口減少社会の日本では内需拡大にも限界がある。となるとV字形回復が無理なのはもちろん、回復軌道は中華鍋形でもなく、底ばい状態が長いフライパン形になる可能性もある。

 この不況との闘いは長くなりそうだ。一時的な景気刺激に重点を置いた対策では、通用しない。むしろ長期的な視点から新産業を育てると同時に、社会保障や財政を立て直し、安心感を生むことで国民経済を安定させるという本格的な取り組みが問われる。

 とくに社会保障の再建は急がねばならない。財源として有力視される消費税増税などの税制改革は景気回復まで実施に踏み切れないとしても、総選挙ではそれらに関する基本戦略を政権公約の柱に据えるべきである。

 党首討論で「政権を取っても4年間は消費税を増税しない」という鳩山民主党代表も、「消費税論議は避けて通れない」と批判した麻生首相も、政策と財源の具体化を語ることが必要だ。

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