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新教育の森:習熟度別授業、小中学校で急増 「学力低下」背景に…反対意見も根強く

 特定の教科を学力別に分けて教える「習熟度別授業」が小中学校で急増している。「学力低下」問題の処方せんとして期待される一方で、「差別につながる」という批判も根強い。【井上俊樹】

 ◆補充クラス手厚く

 東京都三鷹市の市立北野小学校を訪ねた。算数の時間に徹底した習熟度別少人数授業を行い、「算数のきたの」を標ぼうする「先進校」だ。

 この日の4時間目は6年生の算数。通常の3学級を習熟度別に「発展」1、「基礎」2、「補充」1の4クラスに分けて授業する「コース選択学習」の時間だ。3時間目の授業が終わると、子供たちは教科書やノートを持って自分が学ぶクラスに割り当てられた教室へと散って行く。

 補充クラスは12人の少人数。しかも市から派遣された「指導員」まで配置する手厚さだ。この時間、すべてのクラスが「平均の出し方」を勉強していたが、3けたや小数点以下の計算が必要な基礎や発展クラスに比べると、補充クラスの問題は比較的容易だった。小菅正之教諭(42)は「『自分だけ分からない』というストレスから解放される。子供たちもよく手を挙げていたでしょう」と言う。男子児童の一人も「分かりやすかった」と屈託がない。

 ◆単元別に児童が選択

 一口に「習熟度別授業」と言っても、手法はいくつかある。同小では、1、2年生のうちは学級内に複数の教員を配置する「チームティーチング指導」を活用して、学級の中だけで対応。個人差が広がる3年生になると「コース選択学習」も併用し、5年生からはほぼすべての授業がコース別になる。

 コース編成は新しい単元に進むたびに行う。その単元に必要な知識をどの程度「習熟」しているか、事前のテストで診断した上で先生と子供たちが話し合うが、最終的にどのコースにするかは子供自身が選ぶ。ある単元は「補充」でも、得意な単元の時には「基礎」や「発展」のコースに移るケースもあるという。

 ◆「荒れ」対策に導入

 10年ほど前、同小でも「教師に暴言を吐く」「始業式で並ばない」など、子供たちの「荒れ」が問題になりかけた時期があった。当時の幹部が解決策の一つとして考えたのが算数の習熟度別少人数授業だった。導入した02年度に教頭として赴任した高橋京子校長は「最も大きな効果が出るのが算数。子供たちに自信を付けさせる狙いがあった」と振り返る。

 しかし、現場の教師たちは「子供を差別することになる」と大反対した。保護者の間でも不安視する声が多かったという。「でも子供たちの表情が生き生きとしてきたのを見て、周囲の考え方も変わっていった」と高橋校長。学級の枠組みを取っ払って指導することで「それまで自分のクラスのことしか考えていなかった先生たちが、学年のすべての子供に注意を払うようになり、学年単位で連携するようになったことも大きな変化だ」と言う。

 08年度の全国学力・学習状況調査(学力テスト)で、同小の算数の正答率は、全国や都平均を大きく上回った。昨年から一部の学年では国語の習熟度別授業も始めた。高橋校長は「泳げない子供と泳げる子供にプールで同じことをさせたりはしない。それを算数や国語でしているだけ」と話した。

 ◇低学力層には底上げ効果あるも、学力向上の切り札とは限らず

 子供たちの「学力低下」問題を背景に、習熟度別授業は00年ごろから急増した。08年度の学力テスト参加校のうち、算数・数学の授業で短時間でも習熟度別少人数指導を行った学校は小学校で68%、中学校で51%に上る。保護者の8割が習熟度別授業を肯定しているという、民間教育機関の調査結果もある。

 08年度学力テストの分析記録によると、「算数・数学が好き」と答えた児童生徒の割合は、習熟度別授業を長時間行った学校の方が未実施校よりも高く、低学力層ほどその傾向が強かった。こうした結果も踏まえ、学力テストで下位に沈む大阪府は今年1月、13年度までにすべての小中学校で、対象授業の年間30%を習熟度別少人数指導にする目標を掲げた。算数・数学と中学の英語に、全国平均では実施率が2割に満たない国語も対象にする徹底ぶりだ。

 一方で、習熟度別授業には根強い反対意見もある。埼玉県内の小学校のベテラン男性教師は「学校は塾ではない。わざわざ能力別に分けなくても少人数学級にするだけで効果はある。多様な子供たちが同じクラスにいることの意義もある」と話す。

 教育現場からは「習熟度別授業が学力向上に必ずしもつながっていない」という声も聞かれる。08年度の学力テスト(算数・数学)では、低学力層に一定の底上げ効果は見られたものの、全体としては習熟度別少人数授業の実施時間と正答率に明確な相関性はなく、文部科学省も「習熟度別少人数指導を導入しさえすれば、直ちに効果が出るとは限らない」と結論付けた。

 ◇30年前から能力別指導 国を引っ張る人材育成のため--シンガポール教育省元政策企画官、シム・チュン・キャットさん

 30年前から徹底した能力別指導を行っているシンガポールの教育について、同国教育省技術教育局の元政策企画官で、日本学術振興会特別研究員のシム・チュン・キャットさん(41)に話を聞いた。

 ◇「子供にレッテル」批判あるがグローバル競争に負けられぬ

 能力別に分ける「ストリーミング」と呼ばれる制度がスタートしたのは79年。小学4年の終わりに英語、母語(中国語、マレー語、タミル語)、数学の3教科で試験を行い、5年生から完全に能力別クラスに分かれる。中学(4年間)にも「特別」「急行」「普通」の3コースがあり、小学校修了時の国家試験で進むコースが決まる。

 シンガポールでも「子供にレッテルを張ることになる」という批判はあり、01年には一番下のクラスになった主人公の小学生が友達からバカにされ、自殺未遂する「僕、バカじゃない」という映画がヒットした。「学力だけでは多様な人材が育たない」という声もあり、昨年、小学校については能力別クラスを廃止し、英数と科学の3教科の時間だけ能力別授業にする、日本に近い形に改められた。

 課題もあるが私自身はシンガポールの教育を否定はしない。能力別教育が始まった背景には、英語と母語の2言語政策の下で、国語能力の乏しさから授業についていけず中退する生徒が多かった当時の事情があり、その後中退者は減った。

 東京23区ほどの小さな国がグローバル競争に勝つには、国を引っ張る優秀な人材を育成する必要もある。「ウサギ」も「カメ」も最後は同じゴールにたどり着くことを目標とする日本に対し、「ウサギ」はさらに遠くへ行くことを目指すのがシンガポールの考え方だ。(談)

毎日新聞 2009年6月13日 東京朝刊

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