上の表は、外務省の調達状況の2005−08年度の水産ODA案件の入札結果を一覧にしたものである。OFCA会員企業(水色の部分)が応札した12社中9社を占めている。
1回の入札に応じる企業は平均1.7社しかない。2002年の会計検査院報告によれば、無償援助全体の平均入札参加者数は2.5社。また、2007年の同報告の技術協力(国内調達)の平均入札参加者数は3.8社である。それらの数字と比べ、ずいぶん参加者が少ない。
それにしても、応札価格の的中ぶりは見事という他はない。4年間の平均落札率は98.2%、最近の2年間に限れば平均99.0%である。各企業の契約担当者の方々は、きっと車庫入れが極めて得意に違いない。国内の自治体などでの一般的な物品調達や公共工事の入札だったら、落札価格が予定価格の9割を超えるというだけでも「談合」が疑われて首を捻るところだ。
会計検査院の2002年の報告では、無償援助全体で見た場合、落札率98%以上の件数は65%となっている。だが、水産ODAに限ってみれば、4年間16件の入札件数のうち落札率98%以上が全体の87.5%をも占め、98%未満は2件しかない。水産ODAは、他のODA案件と比べ、たださえ入札参加者が少ないのに加え、異常に落札率が高い。透明性も競争性もなく、非常に「特殊な」ODAだ。
所轄官庁の天下りOBが業界団体の役員を務め、調査・設計を引き受け、事実上価格決定権を握るコンサルと、事業本体を受注する建設企業の多くがその会員となっている。発注元と受注先とが情報を共有する構造、と見る他にない。公募案件といっても形だけの「儀式的入札」で、各業者に仕事が割り振られていく出来レースと傍目に映るのも、仕方があるまい。
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政府開発援助の無償資金協力及び技術協力における契約入札手続等について(会計検査院平成19年度決算検査報告=.pdfファイル)
もうひとつの捕鯨援助──OFCFの水産技術協力
水産ODAは金額が大きくて目につきやすいが、国民の目になかなか見えにくいのは、もう1つの無償援助である水産分野の技術協力である。他の技術協力はJICAが調達しているが、水産分野だけは、上述した水産庁の天下り団体OFCFが仕切る。先に挙げた会計検査院の検査報告では、OFCFの調達には競争性・透明性に関してJICAとは比べ物にならないほど問題が多々あることが指摘されている。
まず、JICAの技術協力は現地調達が8割に上るのに対し、OFCFの技術協力は167件のうちの101件が国内調達で、金額で見ると85%が国内である。受注先の多くはOFCAの会員企業であろう。また、契約方式は大半が随意契約で、随契の場合は予定価格の設定や積算資料、見積書まですべて省略できるとし、「証拠」が一切残らない。
OFCFによれば、商習慣など調達する環境が違うとか、駐在員しかいないから入札会が実施できないとか、緊急を要するとかの理由で、「信頼できる業者」に頼らざるを得ないのだという。これでは、何のために金額の上限に基づく規定を定めた財団の会計規程があるのかさっぱりわからない。
落札率は、1件だけの施設は92%、資機材の調達は5年平均で89%だが、年々上がって、2007年では95.95%である。一方、JICAの方は、資機材の国内調達が84%、現地調達が90%である。これについてOFCF側は、「納入先が島なので不便で金がかかるから業者の人気がない」といった理由を掲げている。本当に予算が減り透明性・競争性の確保に支障を出ているのなら、それこそ調達業務はJICAに統合すべきだろう。
薬にならないお手盛り事業評価
ODA事業の評価はJICAが実施しているが、最も肝心な第3者による事後評価は残念ながら件数が少ない。カリコムと大洋州の捕鯨支持国では技術協力プロジェクトも含め1件もない。水産ODAで事後評価報告が上がっているのは、IWCに加盟していないザンビアに対するもののみである。
内容を見ると、5.3億円をかけた養殖場拡充計画で、1996年に実施されたものだが、予算やスタッフが大幅に削減され、94年に74万尾だった種苗生産数は2001年に5万400尾に激減、養殖普及という所期の目標達成には至っていない。他の水産ODA案件に対しても懸念を覚えるが、少なくともJICAの事業評価報告は外部専門家による厳しい検証の体をなしてはいる。
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案件別事後評価要約表(JICA)
対照的なのがOFCFの事業評価である。評価を行っているのは有識者とのことだが、主に日本の水産学者である。国内で捕鯨支持オピニオン普及に努めた人物たちの名もある。
2005年度以降で事後評価があるのは、捕鯨支持国のタンザニア、ガボン、セネガルだが、トップに会って一緒に写真を撮り、事業の効果を絶賛する内容になっている。第三者の目から問題点を検証する姿勢はほとんど見受けられない。これでは健全な事業評価とは到底言いがたい。さらに、プロジェクトとは何の関係もないIWCと当事国との関連に必ず言及している。
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有識者評価委員会 評価報告書(OFCF)
2007年度の会計検査院の報告の中にも、各省庁所管のODAの援助効果に関する記述がある。そこには、OFCFの技術協力に関して次のように記されている。OFCF自身の自画自賛評価とはだいぶ食い違う所見が示されている。
「(専門家派遣)事業終了後、事業の一部が自立的に発展していなかったりする事態が見受けられる」「供与した資機材が、供与後に十分利用されていなかったり、故障していたりなどしている事態が見受けられた」(1,031ページ)
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平成19年度決算検査報告 文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省に関する政府開発援助につき、技術協力の実施状況及び技術協力に係る援助の効果について(会計検査院)
ODA庁費は一体どこへ消えた?
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第170回国会 決算委員会 第2号 平成20年11月17日
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平成19年度決算検査報告 省庁別の検査結果:農水省「」(会計検査院)
上掲のリンクは、民主党の牧山ひろえ参議院議員が昨年11月に決算委員会で質問した内容である。それによると、会計検査院の調査で「ODA庁費がODAとは関係ない仕事に使われた」との指摘を受けた対象として、農水省から名前を挙げられたのが、上で取り上げたOFCAである。
会計検査院のODAに関する検査結果報告の1,026ページを見ると、OFCAは、「補助事業に要する経費を適切に算定していなかった」「各事業に係る人件費を実績に基づいて算定していなかった」と2度も名指しの指摘を受けている。購入物品の細目や販売元について、牧山議員は再三に渡って農水省に問い合わせたものの、暖簾に腕押しで農水省側はまともな回答をしていない。
また、同じく省庁別結果の437ページを見ると、「補助の対象とならない賞与、住宅手当等を事業費に含めるなどしていた」とあり、不当と認める事業費は483万円に及ぶ。
会計検査院から「不適切」指摘を受けた対象には、農水省本省の国際局と農村振興局も含まれている。ODA庁費の使途として「自動車借上料」(タクシー代)がある。農村振興局でODAを担当する職員は12人しかいないのに、局内474人全員分のタクシー代を請求していた。しかも、タクシー利用者名や利用時間の情報は一切公開していない。
追及した議員や国民の皆さんは、ODA庁費がODAとまったく無関係な業務に関する備品やタクシー代に使い回されたり、あるいはマッサージ機の購入代金や飲み代として消えたのではないかと疑いを持ち、公務員の非常識な倫理感覚を嘆かれるかもしれない。だが、筆者は別の疑念を抱いている。ODA庁費として請求され、不透明な会計処理によってプールされた裏金は、実はODA関連でありながら大っぴらにできない用途に用いられていたのではないか──と。
貧しい開発途上国である多くの捕鯨支持国に代わり、日本政府がIWCの加盟分担金や年次総会参加者の渡航費用などを肩代わりしている事実については、前回(上)で取り上げたとおりである。日本政府は、それらの経費を一体どこから、どうやって捻出したのであろうか?
ひとつはっきりしているのは、出所が農水省・水産庁(不透明な経理処理でプールされたODA庁費等)であれ外郭団体(技術協力における不透明な随契調達等)であれ、元はといえば日本国民の税金から支払われているということだ。
農水省からの出向官僚がかき回すODA外交
次のリンクは、総務省の発表した2008年の省庁間人事交流の状況である。
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府省間人事交流の状況(府省別)
表を見ると、農水省からの出向者は298人で、国交省に次いで多い。一方、外務省は受け入れ者数が467人と、内閣府を100人以上引き離してトップである。霞ヶ関の人事交流は、官民人事交流同様、そもそも縄張りにこだわる縦割り行政への批判に応え、省庁間の壁を取り払う趣旨で採り入れられた。しかし、若い官僚に専門外のキャリアを積ませることより、完全に省益重視で行われているのが、農水省から外務省のIWC/ODA関連部署への出向人事である。
日本外交にとって最も重要な、同盟国を含む先進各国を敵視する姿勢を前面に打ち出し、尻拭いだけ外務省に押し付ける自省本位の出向者によるお荷物セクション。そんなものを抱えることが、はたして「緊密な連携の強化」といえるのだろうか?
ODAは水産以外にも産業・科学・文化・教育・環境など多くの分野にまたがっている。外務省はそれらを所掌する各省庁からの要請を受けて調整を担う立場にある。水産庁の捕鯨セクションばかりに特権を与え続ける外務省を見て、不公平な差別を受けている他の省庁はきっと苦々しく思っていることだろう。
09年1月に発行された雑誌『WEDGE』2月号に、谷口智彦慶大特別招聘教授の論説記事「メディアが伝えぬ日本捕鯨の内幕 税を投じて友人なくす」が掲載された。谷口氏は日本側の主張に理解を示しつつも、視野狭窄に陥った国内の非妥協的な強硬論に対して、次のように警鐘を鳴らしている。
「問われているのは、国益の軽重をどう考え、得失の均衡をどこに求めるかだ。勝ち目のない戦いに固執し、必要以上の規模で友人を失うことに、筆者は国益はないと考える。(中略)捕鯨に託した日本の国益とは、経済面を見る限り既にあまりに小さい。これが議論の出発点に来るべき認識である。」
日本の鯨肉市場の規模はおよそ70億円、同程度の年商を上げる企業は1万社は下らない。海面漁業生産高の1%に満たず、GDPと比較すれば0.002%もない。しかも、調査捕鯨の実施主体である日本鯨類研究所は、昨年度合わせて12億円にまで補助金を増額されたにもかかわらず、8億円弱の経常赤字を出している。唯一旨味を得ているのは、天下り元の水産庁と結託し、国益を盾に言い値で仕事を受注し続けられる水産ODA関連業界のみであろう。
プロの外交官は、大局的判断を下す能力が問われるはずである。長期的視野に立った国際協調の重要性をしっかりと認識し、外交上の得失を見誤らない的確な判断を下せるのは、畑違いの他省からの出向者ではなく、外務省自身のはずである。ODAは、各分野・対象国への配分の公平性・公正性と総合的な「広義国益」の観点から見たプライオリティ付けをきっちりと行い、適切に運用されるべきである。特定の1業界の目的のために、国民から託された税金が異常に偏った形で流用されるのを、黙って見過ごしてはならない。白書やデータブックの執筆陣からも外した方がいい。
(完)
【参考サイト】前回記事(上)の捕鯨援助の特徴について、さらに詳細を知りたい方は、以下のリンク先でグラフや表を用いて説明している。水産ODA(水産無償資金協力)の詳細な説明やその運用の歴史についても解説している。
捕鯨推進は日本の外交プライオリティbP!?──IWC票買い援助外交、その驚愕の実態
(1)水産ODA──アナクロな札束外交の象徴
(2)捕鯨支持国とそれ以外の国との間で見られる顕著な援助格差
(3)日本に捕鯨支持という踏絵≠踏まされる開発途上国
(4)捕鯨援助で本当に利益を得ているのは誰か
(5)補足:各捕鯨支持国の解説