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見てみたい、触発されたい(石坂 啓)

「南京虐殺」、「従軍慰安婦」、「残留孤児」、「集団自決」、「靖国」……。10年前だったら、いずれもぎりぎりテーマにして漫画に描くことができたかもしれない。

 私は絵のヘタな漫画家で、ヒット作品を出した訳でもなく雑誌のハジっこでちょこちょこ仕事をもらってきただけである。だからエラソーに発言する資格がないのは承知の上でなのだが、それらのテーマについてそれぞれ漫画にしてきたことがこれまではあった。

 本当ならもっとお気楽なラブコメを描きたい、なんでわざわざ気の重くなるお話にしちゃったんだろう……と資料写真を前に四苦八苦しながら、それでも何とか作品に仕上げてきた。たとえば天皇制について、まともに取り上げたら雑誌に載せてもらえる訳がないのは最初からわかっている。どの角度からどれくらいのサジ加減で扱えばメジャー誌にもぐり込めるのか、若い人に読んでもらえるのか、そこで悩んで勝負をすることが楽しかった。

 今だったら、おそらくどこをどう扱っても、漫画雑誌に掲載してもらうことはむつかしいだろう。見開きのページに大きくドカーンと靖国神社の大鳥居……。見てみたい、描いてみたいがたぶんもう無理だ。売れている時代に雑誌が余力があって、気概のある編集者と組むことができて過去に描いたことはある。時代も変わったが、そもそも世の中の空気が変わったのだ。

 漫画の中ではとっくに、見ることのできなくなった絵がある。気づかないうちに私たちが目にすることのできなくなった映像が、ことばが、表現がある。アベさんや中川さんの「介入」のおかげでNHKの番組が改竄されたことは悔しかったが、本当に残念なのはその後、もう「慰安婦問題」を扱おうとするテレビ番組が消えてしまうのではないかという点だ。

 だからドキュメンタリー映画『靖国』がここでストップされてしまうかどうか、どう応援できるかどうかが大きな問題なのだ。たまたま、『靖国』は目に見える形で浮上した。この映画の何倍、何十倍もの作品をこれから私たちは失うことになる。私は見てみたいし触発もされたい。表現が地下に潜むことだけは避けたいと思う。(ピョンタくんでは描くことができるかもしれないけど……)




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