米ロサンゼルスで開催されているE3で、ソニー・コンピュータエンターテインメント(SCEI)はPSP goを発表した。登場前まではPSPの後継と言われ、PSP2の仮称でファンの間では噂されていたが、実際に登場したPSP goは、PSPの後継というよりも、昨今、ゲームプラットフォームとして急速に足場を固めつつあるiPhone/iPod touchへの対抗製品という位置付けになっているようだ。
PSP Go |
PSP goは、当面……ある程度普及するまで……は従来のPSPファンの間で不評を買うだろう。ハードウェアの大部分においてアーキテクチャは共通だが、それは従来のPSPフォーマットを完全に引き継ぐ製品ではないからだ。純粋なゲーム機として捉えた際のPSP goの評価は、今後さまざまなところで議論がなされるだろう。
しかし、ここでは別の切り口で、PSP goのソニーグループ内における位置付け、プラットフォームとしての今後について考えてみたい。というのも、PSP goの目指す方向には、ソニーグループ内の別の出発点を持つ製品が、結果的にオーバーラップしてくるように感じられるからだ。
●“1年半以上にわたって一体化を進めている”成果はいつ?
以前にも書いた記憶があるが、改めて記しておくと、SCEIとソニーは、社員の考え方から企業文化まで、大きく異なる会社だった。SCEIのビジネスが大きくなったことに加え、ソニーの本業であるホームエレクトロニクス製品がデジタル化したことで、同じようなアプリケーションに対してSCEIが作るプラットフォームとソニーが作るプラットフォームが入り乱れているように見えていた時期もある。
もっと平たく言えば、(外から見ると同じソニーなのだろうが)両者の仲は見た目ほど良いものではなかった。それは現在SCEI名誉会長の久夛良木健氏がソニーの副社長として呼び戻された後も大きくは変わっていなかったと、当時の取材から感じていた。
それがハワード・ストリンガー氏がCEOに着任して以降、ソニー・ユナイテッドを標榜し、グループ内の組織、開発リソースの融合、異なる製品分野での協業を推し進めてきた。今年年初の組織変更も、そうしたソニー・ユナイテッドを推進する上での重要なステップなのだろう。
ソニー広報によると、ソニー・ユナイテッド、“1つのソニー化”は過去1年半以上にわたって進められてきたと話す。しかし、今回のPSP goから感じるのは、SCEはいまだソニー全体の戦略の中にあっても自由なコンセプトで製品戦略を展開している、ということだ。
PSP goはネットワーク配信されるPSP用ゲームは動作する上、内部のアーキテクチャもPSPと同一のものだ。しかし、ゲームビジネスにおいてコンテンツ配布を行なうメディアを変更(今回はUMDからネットワークへと変更する)することは、新しいゲームプラットフォームを立ち上げるのに等しい。
もちろん、従来の開発ノウハウは活用できる上、ネットワーク配信のアプリケーションであれば、1つのバイナリコードでPSPとPSP goをサポートできる。全くゼロからのスタートではないが、配布メディアを含めた“フォーマット”の変更は、外から想像する以上に大きなエネルギーが、SCEI、開発パートナー、ユーザーにとって必要になる。
PSP Goのアナログスティックは1個のみ |
その上、PSP goではゲーム機にとって重要なユーザーインターフェイスの一部(アナログスティックが2個から1個に変更)を削除している。おそらくSCEIが意図しているのは、携帯電話やスマートフォン、あるいは音楽プレーヤでゲームを楽しむユーザーに対して、より良いエンターテイメントのプラットフォームを提供しようということではないだろうか。
SCEI自身もPSP goの発表において「PSPシリーズに新たに加えることにより〜」と表現しており、従来のPSPとの併売も「当面の間は」といった条件も付していない。フォーマットとして捉えたとき、PSP goフォーマットはPSPフォーマットの5年後に登場したものだから、長期的に見ればPSP goが主流になっていく可能性はあるが、現時点でそうした流れを積極的にコントロールしていくという話ではなさそうだ。
iPod touchはポータブルメディアプレーヤー、iPhoneはスマートフォンというエリアから、ポータブルゲーム機市場にアプローチしているが、ソニーはポータブルゲーム機の領域から、メディアプレーヤーの方向へと向かっている。両者の出発点は異なるが、行き着く場所は同じだ。PSP goがスマートフォン市場までを見据えているか? というと、そこまでは考えていないと思うが、少なくともiPod touchとは直接競合する立場になる。
ところが、現在はあまり表面化していないものの、ソニーには別のプロジェクトがあることもキャッチアップされている。それはAndroidをベースにしたいくつかの製品だ。
●ポータブルデバイスの“まとめ上げ”に注目
ソニーがAndroidベースでいくつかの製品を開発している事は、業界内では公然の秘密だ。携帯電話の分野でソニー・エリクソンがAndroidを採用することはすでに公表されているが、筆者がキャッチアップしたのはウォークマンの新シリーズでも、Androidを用いるという話。これはAndroid上にアプリケーションを移植している複数のソフトウェアベンダーから伝わってきたものである。製品化のタイミングはわからないが、登場の遅いものも含めて出そろうのは来年になるだろう。
Media GoでPCと連携する |
ご存知のようにAndroidはGoogleが開発しているスマートフォン向けのソフトウェアプラットフォームだが、iPhoneとiPod touchの関係と同じように、共通のプラットフォーム上によく似た分野の違う製品を構築する考え方は珍しいわけではない。ソニーは他にもポータブルコミュニケータのMyloも持っている。ストリンガー氏が言うように、オープンスタンダードを活用しながら、ソニーのエレクトロニクス製品を統合していくのであれば、これもAndroidベースになるのが自然な流れかも知れない。
ちなみに携帯電話はご存知のようにソニー・エリクソンの製品、ウォークマンシリーズはソニー内のウォークマン開発チームだが、Myloはバイオの開発チームによる企画だ。これらよく似た異なる製品シリーズが、別々のアーキテクチャで発展させるのはメーカー、ユーザー、開発パートナーすべてにとって利点が少ない。
異なる出自を持つよく似たポータブルデバイスを、どのようにまとめ上げていくのかは、新体制のソニーが真っ先に考えなければならない話だ。
しかし、これら一連の噂されるAndroidベースのデバイスとPSP goは、出発点は大きく違うが目指すところは非常に近く、またソフトウェアやサービスのアーキテクチャが全く異なる。両者を統合することは技術的に不可能だ。
2009年2月の人事でSCEグループCEO兼社長の平井一夫氏が、ソニー本社のネットワークプロダクト&サービスグループのプレジデントに就任した。同グループにはバイオおよびウォークマンに代表される携帯デバイス事業が含まれる(ソニー・エリクソンは別会社のため担当ではない)。
PSP goの発表を受けた新聞報道では“ソニーの新ネットワーク戦略始動”などと言われているが、異なるフィロソフィーの元に構築された互換性のない2つのモバイルデバイスを、どのような形で1つに見せるのか。あるいは、全く別のものとして進化させていくつもりなのか。平井氏が解決しなければならない問題は、存外に大きなもののように思える。