【カイロ和田浩明】イラク北部のクルド人自治区で03年のイラク戦争後初めて原油輸出が始まった。パイプライン経由で地中海岸のトルコ・ジェイハン港から積み出される。収益配分などをめぐる中央政府との激しい対立から難航していたが、1日にアルビルであった開始式典にはタラバニ大統領と自治政府のバルザニ議長が出席し、和解を演出した。
中央、自治両政府の緊張関係は、11年の駐留米軍撤退後の治安悪化要因として懸念されている。今回の輸出開始は、中央政府が原油収入増を望んだため例外的に妥協が成立したとの見方もあり、長期的な対立緩和につながるかは不透明だ。
輸出はカナダとトルコの企業が共同開発したアルビル県のタクタク、ノルウェー企業が手掛けたドフーク県のタウケの両油田でスタートした。日量約10万バレルの見込み。
AFP通信によると、バルザニ氏は式典で「歴史的な日で大きな前進。すべてのイラク人の利益となる成果だ」と述べ、原油輸出は中央、自治両政府の双方に有益だと強調した。
両油田からの収入の88%は中央政府に入り、このうち17%を自治政府が受け取る取り決めだという。残りは開発企業分となる。
自治政府は独自に外国企業と油田開発契約を結んできたが、中央政府は「違法」と主張、両者は激しく対立していた。5月に入って妥協が成立、中央政府が管理するパイプライン経由で輸出されることになった。
中央政府側が自治区からの輸出を受け入れた背景には、昨年夏以降の原油価格の急落に伴う収入減があると見られる。原油収入は歳入の9割を占めるが、米ブルッキングス研究所によると5月の日産は241万バレルで、03年3月のイラク戦争開戦前のピーク値である250万バレルを下回る。
自治区ではアラブ首長国連邦(UAE)とオーストリア、ハンガリーの企業が天然ガスを採掘してトルコ経由の「ナブッコ・パイプライン」で欧州に輸出する計画を進めているが、中央政府のシャハリスタニ石油相は難色を示しており、今後対立が再燃する可能性もある。イラクの原油の確認埋蔵量は1150億バレル(米エネルギー情報局)と世界有数だが、中央政府と自治政府の対立などで開発が遅れている。
クルド人はトルコ、イラク、イランなどの山岳地帯を中心に約2000万~3000万人が分散して暮らし、「国家なき最大の民族」とされる。イラク国内にはトルコと国境を接する北部などに約400万~600万人が居住。少数民族として抑圧され、旧フセイン政権下の88年、ハラブジャで化学兵器により約5000人が殺害された。イラク戦争後の05年に自治議会選挙が実施され、06年には北部3県で構成する自治政府が発足した。
毎日新聞 2009年6月2日 19時03分(最終更新 6月2日 20時37分)