風知草

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風知草:麻生の手紙、志位の手紙=専門編集委員・山田孝男

 「すげえ話だ」

 「どの辺が?」

 「だって、核兵器を持ってる国が捨てると言ったんだからこれは、すげえ話よ」

    ×  ×  ×

 オバマ米大統領の核兵器廃絶演説をめぐる麻生太郎首相と志位和夫共産党委員長の対話(5月20日)である。15分間の党首会談。もちろん、「すげえ」を連発したのが首相だ。

 いかにも、オバマ演説(4月5日、プラハ)は歴史的だった。最大の核保有国の指導者でありながら「核兵器のない世界をめざす」と誓った。そのために行動することが、広島、長崎に原爆を落とした米国の「道義的責任」だと言った。

 志位が4月28日付でオバマに称賛の手紙を送ったところ、5月5日付で返書(デイビス国務次官補代理の代筆)が来た。大統領の謝意に続いて「日本政府との協力を望む」とあり、それを麻生に伝えた。

 実は麻生も演説を聞いてオバマに親書を送っていた。こちらは4月15日付。非公表だが、本紙報道によれば、核兵器の廃絶宣言を支持しつつ、「日米安保体制の下における核抑止力を含む拡大抑止は重要」だとクギを刺したという。

 拡大抑止とは、強国が自国だけではなく、同盟国の防衛にもにらみを利かせること。「いざとなったら『核の傘』で守ってくださいよ」と麻生は大統領に念押しした。中曽根弘文外相の軍縮演説(4月27日)にも同じ表現が出てくる。

 「それでは核抑止という考え方自体を否定したオバマ演説と相いれない」と見る志位は、米側に拡大抑止は求めず、言葉を選びながら、核拡散防止条約(NPT)体制が揺らいでいる責任は核廃絶の努力義務を負いながらサボってきた核保有国にこそある、と書いた。

 この手紙の作成に志位はエネルギーを集中した。パソコンで推敲(すいこう)を重ね、一度書き上げて破り捨て、半徹夜で400字詰め原稿用紙にして7枚の原文を仕上げた。英訳し、共産党委員長として初めて在日米大使館に乗り込み、ズムワルト臨時代理大使に手渡している。

 東京の麻生・志位会談と同じころ、オバマは、ホワイトハウスにキッシンジャー、シュルツ(ともに共和党政権の元国務長官)、ペリー(民主党政権の元国防長官)、ナン(元上院軍事委員長、民主党)の4人を招き、意見交換していた(現地時間5月19日)。

 かつて「力の均衡」に基づく核戦略の中枢にいたこの4人は、米ウォールストリート・ジャーナル紙の連名の寄稿(07年1月4日付と08年1月15日付)で「抑止力の有効性は低下する一方で、核廃絶しかない」と訴え、反響を呼んでいた。

 オバマと超党派の大物4人の連携は、外務省のある幹部に言わせれば「自民、民主の大連立並みの衝撃」。別の幹部は「核兵器に依存しない新しいパワーストラクチャー(国際間の権力構造)を生み出すチャンスだが、我々は核政策について掘り下げて考えた経験がなく、準備がない」と指摘した。

 手紙を出して記者会見、返事をもらってまた会見という張り切りようで「はしゃぎ過ぎ」とからかわれている志位だが、戦略不在の空白を突いた鋭い切り込みだったと思う。

 ワシントンと世界の新潮流が戦後の日本の常識を超え、なかなか「すげえ」ことになった。どうするのか。政治の構想力が問われている。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2009年6月1日 東京朝刊

 

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