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週刊誌報道:名誉棄損で雑誌へ高額賠償命令 原告に立証責任求める声

 メディアに対する名誉棄損訴訟で、報道の真実性の証明責任を報道側に課す日本の裁判の仕組みに対し「バランスを欠く」として、見直しを求める声が識者らから上がっている。背景には、今年に入り、週刊誌報道に対して高額賠償を命じる判決が相次いだことがある。【臺宏士】

 ■「現状、萎縮招く」

 元週刊現代編集長らが呼びかけたシンポジウム「闘論!週刊誌がこのままなくなってしまっていいのか」が先月15日、上智大学(東京都千代田区)で開かれた。

 「最近はいきなり訴状が来る。名誉棄損と言っても、回復を目的とせず黙らせるために訴えてくる。取材源を秘匿しなければならないからハンディがあるが、出版社側が勝ってもおカネはくれない。こんな不公平なことはない。カネを取ろうとしている側が立証するのは当然だ」。山口一臣・週刊朝日編集長はそう訴えた。

 シンポには山口さんのほか、「週刊現代」「フラッシュ」など経験者を含む10誌の編集長がパネリストとして出席。苦境に立つ週刊誌への関心の高さもあって約400人が耳を傾けた。

 週刊誌報道に関する厳しい司法判断が続いている。東京地裁が01年に「女性自身」発行元の光文社に500万円の支払いを命じたころから始まった高額賠償化。今年に入ってからは、1000万円を超す判決が相次いだ。社長個人に対する賠償責任を認めたり、記事の取り消しや謝罪広告の掲載を認めるなど内容も厳しさを増している。

 清水英夫・青山学院大名誉教授は「立証責任の転換を行いバランスを取らないと、いたずらに萎縮(いしゅく)を招く。言論の自由は、ある程度間違いを犯す自由を認めるところに成り立っている。懲罰的に封じ込めることは、憲法の精神に著しく反する」と、先月18日、東京都内で開かれた研究会で訴えた。この研究会は「名誉棄損裁判での損害賠償の高額化と雑誌ジャーナリズムの危機」をテーマに新聞、放送、出版各社でつくる団体が開いた。

 名誉棄損訴訟で報道側が勝訴するためには、記事が公共の利害に関することで公益を図る目的であるほか、真実の相当性を報道側が立証する必要がある。裁判所が求める裏付け取材のハードルは年々高くなっていると言われている。

 清水氏は日米の名誉棄損裁判を比較し、日本の報道機関が置かれる不利な状況について解説した。「米国では、公人の名誉棄損において(虚偽と知りつつ報じるなどの)現実の悪意の証明は、原告に挙証責任がある。この原則は、80年代半ば以後、公人のみならず、公共性のある出来事にも適用されるようになった」と言う。さらに「日本は米国では機能していない刑事罰の名誉棄損罪もあるうえ、損害賠償額も高くなり二重の危険にさらされている」と主張する。

 今年、高額賠償が命じられた週刊現代の大相撲八百長報道に触れ「大相撲は公共性のある出来事。米国だったら原告は負けていた。八百長がなかったことを相撲協会が立証する方が合理的だ」と述べた。

 ■「権力犯罪暴けない」

 メディア問題に詳しい日隅一雄弁護士も政治家や高級官僚ら公人の公的活動に関する報道の立証責任は原告側が負うべきだと考えている。

 音楽ヒットチャートのオリコンが、月刊誌「サイゾー」にチャートの集計手法を疑問視するコメントを寄せたジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道さんに対し、「名誉を傷付けられた」として、損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は昨年4月、名誉棄損を認め、烏賀陽さんに100万円の支払いを命じた。控訴審で代理人を務める日隅弁護士は、東京高裁に対して「高度な公共性に関する記事だ。真実性・相当性の立証責任を転換してほしい」との書面を提出したという。

 「国家権力のチェックが報道機関の役割。取材源を証人として出すわけにはいかない中で、真実性を立証する負担は重すぎる」と日隅弁護士が指摘するのは、今年4月に札幌地裁(竹田光広裁判長)が出した北海道新聞記者敗訴の判決だ。

 北海道警の不正経理を巡る書籍で名誉を棄損されたとして、元道警総務部長が北海道新聞社と記者2人、出版元の旬報社、講談社を相手に損害賠償などを求めた。当時の道警本部長が元総務部長に対して「下手をうってくれたな」と叱責(しっせき)したとある書籍の表現など3カ所が名誉棄損に当たるとして、被告らに計72万円の支払いを命じた。

 判決は「元部長や総務、警務課の幹部、職員の全員が否定している。(記者が)約20人という多数から裏付けを取ったという点はやや不自然」と記者側の主張を退けた。日隅弁護士は「記者が虚偽と分かって書いたなどの悪意を原告側が証明するのであれば勝てたケースだ。こんな判決が出ては権力犯罪を暴く調査報道は難しくなる」と危惧(きぐ)する。

 ■雑誌側も対応へ

 一連の高額賠償などの判決について、日本雑誌協会(上野徹理事長)は4月に「今まで経験したことのない異様ともいえる判決が続出し、雑誌ジャーナリズム全体を揺るがせかねない事態を招いている」と懸念を示す見解を発表した。

 新潮社は2年に1回だった週刊新潮編集部に対する法務研修を半年に1回程度に増やすほか、他の部署にも広げる検討を始めた。同誌編集部と総務部、法務対策室の3者が、訴訟対策に重点を置いた連携体制を整えるという。

 ◇大相撲八百長疑惑、過去最高の賠償額4290万円

 東京地裁(松本光一郎裁判長)は今年2月、大相撲元横綱の貴乃花親方と妻景子さんが、父親の故・二子山親方の財産を無断で処分しようとしたなどと報じた週刊新潮の記事で新潮社側に375万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた。社長にも「法的知識や裏付け取材の在り方の意識が不十分で、名誉棄損を引き起こしたのは社内に有効な対策がないことに原因がある」として、責任を認める異例の判断を示した。

 同じ東京地裁(浜秀樹裁判長)は3月、大相撲の八百長疑惑を報じた週刊現代の記事による日本相撲協会と元横綱北の湖前理事長に対する名誉棄損を認め、講談社や執筆した武田頼政氏らに1540万円の支払いと記事を取り消す広告の掲載を命じた。

 また、同誌を巡る八百長疑惑報道に対しては、東京地裁(中村也寸志裁判長)は同月、横綱朝青龍関ら力士30人と日本相撲協会の訴えを認め、メディアを対象とした訴訟では過去最高額とみられる総額4290万円の支払いと記事の取り消し広告の掲載を命じた。

 ◇出版界に第三者機関を--元週刊現代編集長・元木昌彦氏

 日本も米国型の訴訟社会になり、弁護士も増える中で名誉棄損訴訟が増加していくのは間違いない。ある死刑囚から報道の18年後に訴訟を起こされた。匿名の人物による私事のコメントが問題となったが、今さらどこにいるのかも分からず「法廷に連れてくるのは無理だ」と証言した。

 取材源を連れてこないと勝訴する見込みがないという訴訟の仕組みは変えてほしいと思う。もちろん、だからと言って何を書いても良いというわけではない。報道被害に対する雑誌側の取り組みは、新聞や放送など他のメディアに比べて遅れている。日本雑誌協会も苦情の受付窓口として「雑誌人権ボックス」を設けているが、救済という観点から言えば十分機能しているとは言えない。もう一歩進んで、ジャーナリズム系の週刊誌を発行している出版社の共同出資による横断的な第三者機関を早急に設立すべきだと思う。

 週刊現代編集長だった1994年、松本サリン事件で河野義行さん犯人説を報じた。読者に雑誌界への不信感が高まったが、いまだに払しょくには至っていない。読者に目に見える形でアピールしていかないと、自業自得だとして支持を得られなくなってしまう。

 週刊新潮による朝日新聞襲撃事件の誤報問題もなぜ記事が掲載されたのか不明なままだ。例えば、新潮社から多数の作品を刊行しながら厳しく批判してきたノンフィクション作家の佐野眞一さんに検証記事を書いてもらったらどうだろうか。

 各週刊誌の関係者が集まって問題を考えることがなかったことも圧力が増した一因だと思う。現役と経験者の週刊誌編集長に呼びかけた先月15日のシンポジウムではそうした危機感を共有できたのではないか。(談)

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 ■高額賠償が命じられた主な名誉棄損訴訟の判決■

<判決>   <原告>         <被告>    <賠償額>  <裁判所>

01年 3月 清原和博選手       小学館     1000万円 東京地裁

03年10月 熊本市の医療法人など   新潮社など   1980万円 東京高裁

07年 6月 杉田かおるさんの元夫   小学館      800万円 東京地裁

08年 2月 日本音楽著作権協会    ダイヤモンド社  550万円 東京地裁

09年 1月 三木谷浩史楽天社長ら   新潮社など    990万円 東京地裁

    3月 元横綱北の湖氏ら     講談社など   1540万円 東京地裁

    3月 朝青龍関ら力士30人など 講談社     4290万円 東京地裁

毎日新聞 2009年6月1日 東京朝刊

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