「おい、市役所!」
今年3月に鹿児島県阿久根市であった高校生の駅伝大会。ボランティアでコース整理をしていた男性市職員は、見知らぬ市民からの言葉にがく然とした。「今日の日当は3万か? 5万か?」
東シナ海に面した小さな市は今、市職員へのバッシングが吹き荒れている。標的はその「高給」だ。別の職員は友人から「お前が歩くと、じゃらじゃら金の音がする」とからかわれた。窓口に来た市民に突然「給料はいくら?」と聞かれた職員もいる。50代の職員は「退職者がうらやましい」とこぼした。
「震源」は、4月17日に2度目の不信任を可決され、自動失職した前市長の竹原信一氏(50)だ。昨年8月、議長経験者ら有力2候補の間げきを縫う形で初当選。それまでは議会攻撃が目立ったが、今年2月に突然、市職員全員の給与明細を市のホームページと自身のブログで公開した。
市民の平均年収は「300万前後」(商工会幹部)とされるのに対し、市職員は約600万円。その開きはいやが応でも市民の頭にすり込まれる。以来、市職員攻撃は日増しに鋭さを増した。
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阿久根市は今、「小泉改革」の負の遺産とも言うべき「地方の苦しみ」の中にある。
「三位一体の改革」の影響で国からの地方交付税は減り、2年後に全線開業予定の九州新幹線鹿児島ルートからも外れた。市内を走る鉄道は経営が第三セクター「肥薩おれんじ鉄道」に変わり、存続が危ぶまれている。「売り上げは昔の半分さ」。駅前で客を待つタクシー運転手も手持ちぶさたの様子だ。
駅前商店街は典型的なシャッター通りだ。基幹産業だった漁業の衰退も著しい。昨秋以降の世界同時不況が追い打ちをかけ、隣接する出水市のパイオニアとNECの工場も閉鎖に追い込まれた。
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「街の将来をどうするかなんてまったく興味はないだろう。関心があるのは市役所と議会の改革だけだ」
竹原氏と親しく、08年の市長選に竹原氏が出馬した際、マニフェストの作成にもかかわったという男性(65)はこともなげにそう言った。「出馬前に就任後の政策について話していたら、あくびをしてこう言うんだ。『僕には分かんないから』って」。男性は苦笑いをしながら当時、2人の間にあったという出来事を語る。
「彼には、政策立案といった、いわゆる市長の資質はない」。そう話す一方で「市役所や議会の改革は全国共通の課題だ。やり方は過激だが、それを田舎から必死に訴えている。やれるのは竹原しかいない」と断言する。構想なき破壊とも映る竹原氏の市政改革。出口が見えない人口2万4000人の小さな市は、その手法を巡る賛否で大きく割れている。
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「規格外」の言動で物議を醸した竹原氏の後任を選ぶ阿久根市の出直し市長選が24日に告示される。選挙戦は実質的に竹原氏と、反竹原派市議が推す元国土交通省職員、田中勇一氏(56)の一騎打ちになるとみられ、既に激しい前哨戦が繰り広げられている。岐路に立つ阿久根市で「地方の今」を追った。
毎日新聞 2009年5月18日 西部朝刊