話題

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

児童虐待:臨検2件どまり、出頭要求は24件…法改正1年

 昨年4月施行の改正児童虐待防止法で虐待の恐れのある家庭に児童相談所(児相)が解錠して立ち入ることを可能にした「強制立ち入り調査」(臨検)の実施が、施行後1年で2件にとどまっていることが分かった。強制立ち入りに先立つ「出頭要求」は、少なくとも7県4政令指定都市で計24件出ていた。臨検の慎重な運用実態が判明したことで、専門家らは児童虐待への対応の難しさを改めて指摘している。

 改正法では、知事や児相所長が、虐待の恐れのある親に子を伴わせて出頭要求できる。親が応じず、任意の立ち入り調査や再出頭要求にも応じなければ、児相は裁判所に許可状を請求。発付されれば強制立ち入りできる。

 犯罪の立件を前提とせず、福祉目的のため行政機関に住居への強制立ち入りを認めた例は他になく、臨検の規定は子の安全確認が難しい場合、住居の不可侵を定めた憲法35条の例外として盛り込まれた。しかし、実施状況はこれまでほとんど公表されていないため、毎日新聞は都道府県や政令市に聞き取り調査した。

 西日本のある児相は、昨秋に母親と転入してきた幼児から10代後半の男女3人のきょうだいが学籍や住民票を移さず戸外にもあまり出ない状態だったため、数十回家庭を訪問。反応がないため今年2月「応じないと立ち入る場合もある」との文書を投函(とうかん)し、母親に出頭を求めた。再出頭要求にも反応がなく、家庭裁判所に許可状を請求。即日発付され、翌日臨検に踏み切った。

 児相の職員6人に複数の警察官が同行。呼びかけに返事がなく、親族から合鍵を借りて職員が玄関ドアを解錠し、ドアチェーンも切断。子供たちを保護した。

 東日本のある児相は昨年11月、1年以上不登校だった小学女児の安全確認が困難として両親に出頭を要求。最終的に同12月、臨検した。管理人から借りた合鍵で職員が解錠すると、ドアチェーンは親側が外した。玄関外で1時間説明しても子に会えないため、外で待機していた警察官が先導する形で居室に入り、女児を保護した。

 出頭要求は、少なくとも千葉県10件▽岐阜県、香川県、横浜市、川崎市各2件▽岩手県、埼玉県、三重県、熊本県、さいたま市、京都市各1件--で出されていた。千葉県では1世帯に3回求めたケースもあった。

 全国の児相197カ所が07年度に対応した児童虐待の件数は4万618件と初めて4万件を突破。児童虐待防止法施行前の99年度から約3.4倍増となっている。【野倉恵】

 ◇臨検

 虐待されている恐れがある子供の安全確保を最優先として、児童虐待防止法の07年改正(08年施行)で規定された。裁判所の許可状を得た児童相談所職員は「(家庭の)錠をはずし、必要な処分」を行える。同法は00年に施行され、04年改正では虐待の疑いがあるだけで国民に児相への通告を義務づけたが、その後も親が児相の訪問を拒否するなどした場合に手を施せず、悲劇が絶えなかったことが導入の背景にある。

 ◇解説…児童相談所、強権発動手探り

 改正児童虐待防止法の施行から1年で強制立ち入り調査(臨検)の実施が2件にとどまったのは、子供の命を救えない悲劇が絶えない一方で実際にどう対応すればいいか、現場が試行錯誤を続けている実態を示している。

 今回臨検に踏み切った児童相談所は「弁護士に何度も相談して進めた」という。裁判所の許可状を得るには、虐待の疑われる根拠や親が訪問を拒んだ証明など多くの資料が必要で、身体的虐待の形跡がない場合に「虐待の疑い」をどう根拠づけるかなど課題は多い。執行までには再度の任意の立ち入り調査や再出頭要求など要件のハードルも高い。

 一方、今年3月に北海道稚内市で男児が水風呂につけられ死亡した事件は、児相が母親と面談しながら虐待を見抜けない中で起きた。京都市では外部からの虐待通告から半年後の昨年10月に出頭要求したものの、発見されたのはミイラ化した乳児の遺体だった。

 警察庁によると、昨年の児童虐待件数は過去最多の307件で、このうち45人が死亡している。

 とはいえ、関西のある児相幹部は「孤立感で引きこもる親子には強制的な立ち入りが心理的な傷になる場合もある。買い物などで外に出てくるのを待って声を掛けるなど工夫が必要」と語る。本質的には、親子を支援する組織である児相が強権を持ち、相反する役割を同時に負うという難しい問題がある。

 緊急に用いるための運用の見直しも含め、適用状況を検証する時期に来ている。【野倉恵】

 ◇改正児童虐待防止法による出頭要求の例◇

▽乳児がいる母親が精神的不調を訴え子と引きこもる。昨年11月、安全確認できないとして児相が出頭要求し、面会に応じる。子を一時保護=関東

▽幼児と小学生のきょうだいの家庭への訪問に両親が応じず、昨年冬に児相が出頭要求。子を一時保護。その後、両親は面会に応じ、子の施設入所に同意=同

▽出生届のない乳児について病院・保健所から通告があり、児相が昨年8~10月に13回、乳児宅を訪問。接触できず、通告半年後の同10月に出頭要求。反応なく警察が立ち会い入室し乳児の遺体を発見。警察が両親を死体遺棄容疑で逮捕し、市は出頭要求のめどを、通告後2カ月以内とする方針を決定=京都市

▽小中学生の男女3人のきょうだいを「学校に行かず母親が自営の手伝いをさせている」と住人が07年12月、児相に虐待通告。5回の家庭訪問に応じたが昨年5月から連絡が取れず、軽度の養育放棄の疑いがあるとして同7月出頭要求。面会に応じる=九州

毎日新聞 2009年5月31日 2時30分

検索:

話題 アーカイブ一覧

 

特集企画

おすすめ情報