2009年04月23日

エレベーター死亡事故と安全の維持管理

東京都港区のマンションで、都立高生がエレベーターの床と天井に挟まれて死亡しました。

当該エレベーターで過去に多発していた不具合(誤作動など)と死亡事故との関係が調べられていますが、いずれにしてもこの事故も「人災」であるのは間違いありません。

以前からこのブログで書いているように、ホスピタリティを構成する最も重要な要素は「安全、安心」です。
今日は安全の維持管理という観点からこの事故が発生した原因を推察してみたいと思います。

まずは、最大の疑問点から
それは「なぜ、扉が開いたままの状態でエレベーターが上昇してしまったのか」ということです。

もともと機械装置というものは不具合が発生するものであり、さらに言えば「壊れる」ものです。最新鋭の航空機でも、最高級車であろうと同じです。それでも機械装置を製造するメーカーは、たとえ壊れても死亡事故など最悪の事態とならないよう、「安全が保障される仕組み」を用意しなければなりません。

最悪の事態とは、航空機であれば「墜落」であり、自動車なら「止まらない」ということです。
エレベーターの場合の「最悪の事態」とは、「落下事故」であり、まさに今回の事故のような「はさまれ死亡事故」であるでしょう。

さて、今回の事故が意味することとは、最悪の事態を未然に防止するための「安全装置」が働かなかったということです。これは実に怖いことです。絶対におきてはならないことが起きてしまった、ということなのです。

それでは「たとえ壊れても最悪の事態とならない仕組み」とはどのようなものでしょうか。
簡単に説明します。

代表的なものは「インターロックinterlock」という考え方に基づいた仕組みです。インターロックとは「連動する」という意味です。

電車の転てつ機(軌道切り替え機)と信号の関係を考えてみてください。たとえば1番腺に電車が入腺する際に、軌道が1番腺を向いていなかったら・・・そして、信号は1番腺入線を許可する「青信号」であったら・・・

そうです。脱線事故につながってしまいますね。

このような最悪の状態を防止するために「インターロック」が用いられますが、その理論はいたってシンプルです。
転てつ機が1番腺側に切り替わったことを確認してはじめて、信号が変わるのです。つまり転てつ機の動きと信号機の動きは「連動」しているということです。

言い換えれば、二番目の動きは、一番目の動きの「終了」を確認して初めて「開始」するというのがインターロックの仕組みです。

皆さんの乗られている車にもこの仕組みが働いています。オートマチック車の場合、シフトレバーがニュートラルかパーキングでなければエンジンがかかりません。このことと同じ「考え方」なのです。(仕組みの構造は違いますが)

さらに、
最悪の事態防止のためにはこれだけでは不十分です。
このインターロックの仕組みが正しく働いているのかどうかを監視する装置も必要なのです。

前述した線路の軌道切り替えポイントの転てつ機で説明します。 H を切り替わる軌道と思ってください。

1番腺側(仮に「左側」とします)から2番腺側(仮に「右側」とします)に軌道が転換される場合、軌道 H は左側から右側に移動(H)→ H することにより本線の軌道とつながることとします。 

それでは、どのようにしたら、軌道 H が (H)→ H の位置へ正しく移動したと判断できるのでしょうか。
いくつか判断方法はありますが、最もシンプルな仕組みは「ボタン」の設置です。  
(H)→ H に軌道が移動しますが、移動した結果、右側に設置してあったボタンを軌道 H が押すことにより「メッセージ(シグナル)」が信号機に対して送られるのです。(シグナルが信号機に正しく届くまでの仕組みについては省略します)

エレベーターで言えばこうなります。(エレベーターにより仕組みは異なります、あくまでも参考までに)

左側の右扉と側の扉が接触した(左右の扉のボタンが押された)ことにより、1番目の動き、つまり扉が閉まったということを判断し、2番目の動き、つまりエレベーターの上昇や下降を許可する「メッセージ(シグナル)」が駆動する装置に送られるのです。

私の最大の疑問点は「なぜ、扉が開いたままの状態でエレベーターが上昇してしまったのか」ですが、これは
「なぜ、インターロック機能が働かなかったのか」ということなのです。ご理解いただけたでしょうか。

さて、このことを理解した上で「なぜ、エレベーターが上昇してしまったか」の推察に移ります。

マンションのエレベーターなどの汎用機械の制御は、複雑な仕組みではなく、故障しにくいシンプルな仕組みが望まれます。
その理由は、一定の技術があれば保守点検を可能にさせる制御方法にしたほうが、住民や業者にとって「効率的」であるからです。

マンションや団地のエレベーターにはコンピュータによる複雑な制御方法は必要ないということです。

それでは、なぜエレベーターが誤作動してしまったのでしょうか。
私は電気系統の問題であると考えています。

このエレベーターでは以前から誤作動があったことがその理由です。つまり、電気回線のショートなどにより間違ったシグナルがモーターなどの駆動装置に送られたた結果が、間違った動き(エレベーターの上昇)につながってしまったということです。

もし、電気系統でなければ前述のインターロックを正しく制御するべきマイコン(自動洗濯機などの家電についている自家用コンピュータ)の不具合も考えられます。

しかしながら、機械に異常な動きがあれば、マイコンは電源(ブレーカー)を落としてエレベーターを停止させるという最低限の働きぐらいはするとは思うのですが・・・残念ながらこの点はよく分かりません。

どちらにしても私が「この事故は人災である」と申し上げたのは以下の2点からです。

第一に、過去にエレベーターの誤作動が発生しているにも関わらず、保守点検業者が誤作動の原因を探り当てられなかったことです。医者にたとえれば、体調が悪いにも関わらずその原因を突き止められなかった、ということです。

第二に、マンションを管理する住宅公社の職員の怠慢です。過去二年半で20件もの誤作動報告があったにも関わらず、万全の対策をとってきませんでした。過去の事故例では「六本木ヒルズの回転扉死亡事故」が思い起こされます。

以下に当時の新聞のコラムを紹介します。琉球新聞の社説ですが、私の考えと非常に近い考え方です。

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六本木ヒルズで六歳の男児が、自動回転扉に挟まれて死亡した事故で、警視庁は三十日、業務上過失致死容疑で、ビルを管理する森ビルと回転扉のメーカーを家宅捜索し関係書類を押収した。
事故自体がショッキングだったが、その後明らかにされた事実は、さらに大きな衝撃だった。まず事故はそれ以前からあったということだ。オープン以来、ほかにも三十二件の回転扉の事故があり、うち十件が救急車で搬送された。今回事故と同型の回転扉では十二件で七件は八歳までの子どもが挟まれ、三件が病院に運ばれている。
この事実には驚かされた。救急車で搬送されるような事故は、日常的にあるものではない。どうみても異常事態と受け止めるのが一般的だ。それを一年間も放置した。この対応はどうしても理解できない。その先にどのような結果が待っているかは、容易に想像できるはずだ。
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この「想像」は「予見」と同じ意味を持ちます。
ようするに、見逃すとさらに悪い状態になる恐れがある「兆候」を放っておくと、取り返しがつかない状況に陥ってしまうということなのです。

長くなりますので、今日はこのくらいにしますが、この事故の続報が入ってきましたらまたこのブログに書いてみたいと思います。

最後にもう一度言います。
今回の事故からも分かるように、ホスピタリティの構成要素で最重要なことは「安全、安心」です。

そして、その「安全、安心」を確保するのは、この日本という社会を構成する「一人ひとりの目と考え方」であるのです。

今回の事故は本当に残念でたまりません。亡くなられた市川大輔さんのご冥福を心からお祈りいたします。