<クローズアップ2009>臓器移植法改正案審議 小児移植に慎重論

毎日新聞2009年5月29日(金)13:00

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 ◇脳死判定の困難さ/虐待児の紛れ込み

 脳死臓器移植の拡大や適正化を目指す臓器移植法の改正4法案(いずれも議員立法)が、実質審議入りした。今年4月末現在で1万2240人に上る移植待機患者やその家族は、法改正で臓器の提供が増えることを期待する。一方、子どもの臓器提供に道を開く法改正には、慎重論が根強く、臓器移植を支える医療体制自体の不備を指摘する声もある。さまざまな課題に加え、議員一人一人の死生観に違いもあるだけに、4法案を巡る国会審議の行方は流動的だ。

 「子どもが海外で移植を受け、批判を受けている」「世界保健機関(WHO)も(自国内での移植拡大を)求めている」。27日、衆院厚生労働委員会で始まった審議では、改正法案の焦点の一つである小児脳死移植についても、議論が交わされた。重い心臓病などを抱え、海外で移植手術を受けるしか手だてがない子どもも多い。このため4案のうち対象を14歳以下に広げるA案などの支持者は「日本人を日本人が救える国に」と訴える。

 ところが、子どもの臓器提供には課題が多い。田中英高・大阪医科大准教授(小児科学)は(1)子どもの脳死判定は難しく、心停止まで時間がかかったり、後で自発呼吸が戻る例もある(2)保護者らによる虐待で脳死になった子どもが紛れ込む恐れがある(3)子どもの同意なく実施することは「子どもの権利条約」に反する可能性がある――などの問題点を挙げる。

 大阪府枚方市の市立枚方市民病院などが、長い脳死状態の続いた国内の子どもを調べたところ、心停止まで43〜335日の期間があり、親が子の死を受け入れるまで100日以上を要した。同病院の田辺卓也・小児科主任部長は「脳死から心停止までの時間は親子にとって無意味ではない。多くの小児科医が年齢制限撤廃に抵抗を感じている」と話す。

 また、08年に日本小児救急医学会が公表した調査では、虐待を受けた子どもを「適正に診断できる」と答えた医師は12%にとどまり、「できない」が30%、「わからない」が50%だった。虐待した親が臓器提供に同意する恐れも指摘されている。日本小児科学会は、法改正にあたり、小児救急体制、提供者と患者の人権保護、家族の心のケアなどの整備を求めている。【関東晋慈、曽根田和久】

 ◇提供件数伸びぬ背景、医療体制の不備

 脳死臓器移植の件数が伸びない背景に、医療体制の不備を挙げる専門家も多い。日本救急医学会理事の有賀徹・昭和大教授(救急医学)は「提供者の家族へ説明する負担や、判定作業に医師が長時間拘束されるなど、現場の負担が大きい。法改正されても簡単には提供数が増えないのではないか」と話す。

 有賀教授らは06年度、臓器提供病院などを対象に脳死と考えられる症例が、脳死判定を経て臓器提供につながらなかった原因を調査した。その結果、163施設が「脳死判定をしていない」と回答。そのうち約3割が「時間がかかる」、約2割が「(家族への説明など)面倒な仕事になりそう」と理由を挙げた。

 全国的な医師不足の中、特に脳死患者の発生が多い救急現場の人手不足は深刻だ。法的脳死判定では、医師が2日近くかかりっきりになるため、一般の救急患者を断るケースもある。有賀教授は「提供数を増やすには、脳死判定を支援する医師の派遣体制や費用の手当てなどが必要」と語る。

 臓器移植に対する国民の意識の低さも長年指摘されてきた。厚労省研究班で国内の渡航移植の実態を調べた小林英司・自治医科大客員教授は「移植について学校で教える機会が少なく、家庭でも話題に上らないことが、移植への関心が低い大きな理由」と指摘する。【河内敏康、永山悦子】

 ◇審議の行方、流動的 採決順の調整難航も

 4法案はいずれもまだ成立の見通しは立っていない。自民、民主、公明各党は法案の一本化はせず、党議拘束もかけていない。衆院厚労委での採決も避け、本会議でいきなり採決する方針だ。ただ、どの案が衆院を通過しても参院で修正される可能性もあり、再び衆院での審議が必要となる。移植を巡る議論は、死生観にかかわるだけに、推進派、慎重派とも「拙速は避けるべきだ」との認識では一致しており、成立までに1カ月以上かける必要があるとの意見が強まっている。

 審議は移植推進派が主導しており、採決方法も4案への賛否を一つずつ順番に問う手法が検討されている。4案を一度に採決すると、各案とも過半数を取れず、すべて廃案となる可能性が高いためだ。

 順次採決は最初に過半数を得た法案が可決され、他は廃案となる。もちろん、4案とも過半数に達しなければすべて廃案となるが、4案すべてに賛成することも可能な点に違和感を持つ議員もいる。採決順が結果に影響を与えるという問題もある。4案の中で最も要件が緩和され、移植数が増加するとみられるA案が最初に採決され、否決されたとする。その場合、A案を支持した議員の中には「次善の策」として、A案の次に移植が増えるとされるD案の採決時には賛成に回る人もいる見通しだ。

 だが、A案より臓器摘出要件が厳しいD案を先に採決すれば、A案支持の議員はD案に反対する可能性が高い。採決が後になった方が有利になる側面もあり、採決順に関する意見調整が難航する可能性もある。【鈴木直】

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5月27日(水) 12時52分 (共同通信)
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