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この人と飲みたい(第2、4木曜日更新) : 荒川静香(プロフィギュアスケーター)<後編>「フィギュア採点方式に異議あり!」
投稿日時: 2009-05-28 13:01:00

二宮: 荒川さんにはお嬢様っぽいイメージがありますが、実家は普通のサラリーマン家庭だそうですね。
荒川: そうです。私がスケートをやっていたので、家計は火の車でした。母も働いて、祖父も援助してくれたおかげで何とか続けてこられたのが本当のところです。



二宮: レッスン代に用具代、衣装代……トップになるまでは経済的にも大変だったでしょう?
荒川: だから学生時代はファーストフード店やコンビニでアルバイトをしていました。普通の大学生と変わらなかったですよ。

二宮: それは親御さんにとってはありがたい。
荒川: いや、フィギュアスケートをやっていること自体が親不孝みたいな話ですから(苦笑)。リンクを借りてグループで練習をする時も利用料は人数割りになるので、人が少ないとドキドキしましたよ。「今日はレッスン代、上がっちゃうな……」と。

二宮: フィギュアは世界が舞台ですから遠征も多い。
荒川: 当時、遠征に伴うコーチの費用は選手側の負担だったんです。だから、一緒に習っている他の生徒に便乗して、コーチ費用を割り勘できる環境で行ったり、いろいろ工夫しました。
それでも引け目は感じませんでした。今ある環境を最大限に生かして、精一杯戦うしかない。私はこれだけしか与えられないからできないと思ったら、その時点で負けですから。

 真央VS.キム・ヨナの行方は?

二宮: 最近は安藤美姫選手や浅田真央選手をはじめ、男子の高橋大輔選手、織田信成選手も台頭して、フィギュアスケート人気が一段と高まっています。現状をどう見ていますか?
荒川: 少し加熱気味かなと思うところが正直あります。今後、この人気を引っ張っていけるかどうかは私たちも含めた選手の力にかかっています。やはり、観ている方を飽きさせないよう、新たなことにどんどんチャレンジしていく必要があるでしょうね。

二宮: バンクーバー五輪が来年に迫ってきました。真央ちゃんとキム・ヨナ(韓国)のライバル争いはどちらに軍配が上がるのか。勝敗を分けるポイントを教えてください。
荒川: これは難しいですね。2人に関していえば、現時点で力は互角。しかもタイプが違うので比較ができない。それぞれポイントを稼ぐ部分が違うんですよ。これができれば、相手が敵わないというものもない。2人がパーフェクトに演技ができれば、どちらが上かを決めるのは本当に困難でしょう。最終的にはいかに自分の力を最大限に発揮できるか。メンタル勝負になると思います。

二宮: ダークホースが浮上する可能性は?
荒川: 彼女たち2人の力はズバ抜けています。今の段階では、ともに失敗しない限り、他が上がってくることはないでしょうね。

二宮: フィギュアでは失敗で順位がひっくり返ることがよく起きます。たとえば前の選手がミスをすると、「逆転可能な演技をしよう」とか多少、変化が出たりしますか?
荒川: そう思われがちなんですが、実は待っている間に人の演技を見ていないんですよ。どんな演技をしたかは、歓声や拍手で分かる程度。むしろ相手の失敗を見てしまうと、自分が普通にやれば勝てると意識してしまう。「普通に」と意識すればするほど、普通にやるのは難しい。メンタル面が左右されてしまうので、あえて見ないと言ったほうがいいかもしれません。

二宮: リンクに立つ時のメイクは誰かにやってもらうのですか?
荒川: いや、自分でやります。このメイクから試合は始まっていますね。一発で髪の毛も化粧も決まるといいのですが、何度やり直してもしっくりいかないと、「今日は、なんか気持ちが乗っていないな」とマイナス思考に陥ってしまう。

二宮: 緊張感がピークに高まっているだけに、ささいなことでもナーバスになってしまうと?
荒川: どうでもいいことが気になりますね。特に調子が悪いと集中できない。ジャンプを跳ぶ直前に「家のカギ閉めて出たかな?」と不安になったこともありました。オリンピックの時もフリーの演技がスタートしてすぐに、審判席を見て、「ショートの時も、この人がレフェリーだったかな」と思いながら滑っていましたね。「今、そんなこと思い出さなくてもいいだろ」っていう自分と、思い出しちゃう自分とが戦っている(笑)。

 ジャッジは猫でもできる!?

二宮: 実際にフィギュアスケートを体験したことがない私にとって、一番わかりにくいのが採点システム。毎年のように基準が変わるので、新方式についていくので精一杯です(苦笑)。選手たちは滑っていて、このくらいの点数が出るというのはわかるのですか?
荒川: だいたいは分かりますが、自分が感じた点数と違うことはよくあります。ジャッジも人間なので、名前や演技内容に引っ張られてしまうところがある。トップクラスになると、何もしなくても高得点が出るだろうという選手もいます。世界選手権のメダリストクラスが、ショートプログラムで失敗しても下位になることはないのは、そのせいですね。

二宮: 同じ演技でもジャッジによって、点数が大きく異なることもあります。プロがつけていて、こんなにも差が出るものか。疑問を感じます。
荒川: 今のシステムでは、まず技を認定するスペシャリストがいて、そのジャッジが定めた基礎点に対して、他のジャッジが技のできばえをプラス3からマイナス3までの幅で評価しています。私にも、どうしてプラス1のジャッジがいればマイナス3のジャッジもいるのかわからない。本当に見ていたのかなって思ってしまいますよ。

二宮: 荒川さんがわからないんだったら、一般の人はもっと分からない。
荒川: もし見ていなければ0を付ければいいと思うんです。こんなにバラバラなら正直、猫が座っていても同じなんじゃないかと(笑)。プラス3からマイナス3までアトランダムにつけたのと変わらないですから。

二宮: 点数について解説するのも一苦労ですね。
荒川: 今の方式は解説する側にとっても困ります。なぜ、この選手の点数が伸びなかったのかを説明しようにも、同じように演技した選手が意外にも得点を伸ばすことがある。そうなると選手の悪かったところは指摘しづらい。演技を褒めるしかなくなるんです。これでは、本当の解説にはならないですよね。
 
二宮: 裁判員制度みたいに、これからは一般の方も加えるのも一案かもしれません(苦笑)。
荒川: 「猫と一緒じゃない」って反論するくらいの誇りを持っているジャッジが出てきてほしいですよ。実はジャッジにはフィギュアスケートの未経験者もいるんです。ルールだけを勉強して判断している。「本当はこれは高度な技なのに」と思うものが評価されない。

二宮: 現行のルールは採点基準を明確化するために導入されたと聞きましたが、選手の感覚からすれば実態は逆だと?
荒川: 基準を細かくすればするほど、明確じゃない部分が目立ってしまうんですよね。そもそもフィギュアスケートは人の主観が入る競技。採点の明確化をウリにできるものではないでしょう。技の認定には「何秒、その状態を保つか」「何回転するか」といった数値が定められていますが、フィギュアの特徴にはそぐわない。これでは、たとえ音楽に合わなくても、3秒、技を続けたほうが点数になるという話になってしまいます。

二宮: 以前はジャッジ別に国籍と点数が出ていましたが、近年は誰が何点をつけたのかわからないシステムになっていますね。
荒川: ソルトレイク五輪で判定に対する疑惑が浮上して、国同士での採点の裏取引を防止するためにジャッジの匿名化が行われました。でも、不可解な点数を出せば、そのジャッジが責められるのはプロである以上、当たり前。点数の出所をあやふやにしたら、ジャッジ能力は全く問われなくなってしまいます。選手よりもジャッジを守るためのルール改正と思わざるを得ませんね。

 スケートリンク維持にエコアイデアを

二宮: フィギュアスケートの将来を考えた時に心配なのが、維持費の問題でどんどんリンクが国内から減っていること。子どもたちがスケートをする場を失えば、新たなスターは誕生しません。
荒川: 海外では、わりとゴミ焼却場の近くにスケートリンクがあるんです。焼却で出た熱を活用してリンクを運営している。余った熱なのでコストがかかりません。お客さんが入らなくても長く維持できているところがたくさんあります。

二宮: それはエコですね。日本でもゴミ処理熱をつかった温水プールは見かけますが、外国を見習って有効なエネルギー活用法をもっと考えるべきでしょう。
荒川: 日本のスポーツ施設は効率がよくないですよね。スケートリンクとしての名目で最初から建ててしまうから維持費がかかってしまう。余った熱で何かをする、余った土地で何かをするという発想に転換できるといいのですが……。

二宮: 施設をつくっても、どう維持するか、どう活用するかに目を向けていない。ハコモノ行政の弊害です。
荒川: 最初からスケートリンクだけのために建てると、観客席もある大きな箱をずっと冷やしておく必要がある。これは効率が悪い。外国では普段はリンクの上にフロアを敷いてイベント会場や体育館として使っているところも多いです。ひとつの箱で多目的に使える施設ができると、スケートも他のスポーツももっと身近に楽しめるようになるでしょう。

二宮: 金メダルを獲って、すぐにプロスケーターの道に進まれました。周囲には「もったいないね」とか「次の五輪まで続けて」という声もあったのでは?
荒川: 「潔かったね」ってよく言われました。でも、もともと私はトリノが最後と決めていた。というよりも、トリノ自体、私の中では予定よりオーバーして出た大会だったんです。もうその時点では、次はプロとして氷に立ちたいと決めていました。
 アスリートとして満足な形で終われない選手が多い中、私はいい形でアマチュアを引退できた。これは幸せなことです。金メダルによって確実に今後の人生でチャンスは広がったと感じています。それなら、この先チャンスをしっかりつかまなくてはもったいない。金メダリストとして、出会った人をガッカリさせる存在にはなりたくないと思っています。

 観客が力をくれるアイスショー

二宮: アイスショーを一度、外国でみましたが、照明や演出が鮮やかで、観客席と一体となって盛り上がっている。競技とは違った魅力がありますね。8月のアイスショーはご自身がプロデュースされるとか?
荒川: はい。といっても、まだ構想を練るのはこれからです。短期間で一気につくります。私がアイデアを出すのは簡単ですけど、制作スタッフは大変でしょうね。「この人、また急にこんなこと言い出したよ」って(笑)。

二宮: 演技者でもあり、演出家でもあり、裏方ですもんね。大変でしょう?
荒川: 毎回、スタートするまでは、「来年はこんなショー、やめたい」って何度も思います。だけど、お客さんから喜びの言葉を頂くと、もう苦労が吹っ飛んで「来年も頑張ります!」って前向きになる。お客さんに支えられている面が大部分ですよ。

二宮: お客さんの応援が最大の力になるんですね。
荒川: 一番、心に残っているのは小児マヒの子どもとの出会いです。そのお母さんから「荒川さんの演技を見た時に普段はほとんど動くことがない子どもが表情を変える」ってお手紙をいただきました。ただ、「来年、生きてこられるか分からない」とも。次の年、その子の顔を会場で見た時に、涙が出そうになりましたね。もし私のやっていることが、少しでも誰かの力になれるのであれば、自分の大変さなんて小さなこと。もっと私も頑張らなくてはいけない、立ち止まってはいけない。そう思わせてくれました。

二宮: 荒川さんのパフォーマンスを心待ちにしている方は全国にたくさんいるはずです。
荒川: 「こんなに力になることが世の中にあるんだ」と改めて感じています。知らない人同士とつながって、力をもらえるのが、スポーツやエンターテイメントの素晴らしいところ。これからも私のショーを見たいという方がひとりでもいる限り、続けていきたいと思っています。

二宮: 話が進むにつれ、気づけば飲むペースもだんだん速くなってきましたね(笑)。
荒川: そうですね(笑)。おいしくいただきました。酔ってくると同じ物事でも別の角度から見えてきたり、新しいことを思いついたりします。次のアイスショーの構想もお酒を飲んでいる時に浮かんでくるかもしれませんね。

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>>「この人と飲みたい」バックナンバーはこちら

<荒川静香(あらかわ・しずか)プロフィール>
1981年12月29日、神奈川県出身。プリンスホテル所属。5歳でスケートを始め、小学3年で3回転ジャンプをマスター。天才少女と呼ばれる。94年〜96年には全日本ジュニアフィギュア選手権3連覇を達成。97年にシニアへ移行後、日本選手権で初優勝。98年、長野五輪出場を果たす。2004年、ドルトムントの世界選手権では技術点で満点の6.0をマークし、ワールドチャンピオンに輝く。06年のトリノ五輪ではショートプログラムとフリースケーティングで自己ベストを更新して金メダルを獲得。日本フィギュア界で初めて世界選手権と五輪両方での金メダリストとなる。同年、プロ宣言を行い、現在は国内外のアイスショーを中心に、テレビ出演やイタリアのピエモンテ州の観光大使などさまざまな分野へ精力的に挑戦している。この8月には自身がプロデュースするフレンズオンアイス(>>公式サイト)が開催される。
>>オフィシャルサイト




★本日の対談で飲んだお酒★
 
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<対談協力>
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東京都港区六本木4−6−7 六本木4丁目ビルB1
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      17:00〜23:00(土)
※Lunchは30分前、Dinnerは1時間前ラストオーダー

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(構成:石田洋之)


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