英国スコットランド南部の田舎町に猫と暮らす独身女性、スーザン・ボイルさん(47)は一夜にして国際的なスターとなった。「プロの歌手」になるという夢と、「ガレージ(車庫)」(本人)のような外見。そのギャップを嘲(ちょう)笑されたが、熱唱シーンの動画がインターネット上で瞬く間に世界を駆け巡り、共感の津波が沸き起こった。【ロンドン笠原敏彦、岡礼子】
始まりは、11日夜に英民放で放映された「プリテンズ・ゴット・タレント」。やぼったい服装、爆発したような髪形のボイルさんが登場すると、会場から冷笑が漏れたが、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のナンバー「夢破れて」を歌い出すと雰囲気は一変した。
聴衆約3000人は「天使の歌声」とも評価された歌唱力に総立ちで拍手。感動はネット上で加速度を増しながら広がっていく。
ロンドンに住む設計技師、ジョルジュ・カワンさん(41)は「好奇心」から動画サイト「ユーチューブ」にアクセス。「歌声を聴いて心臓が止まるかと思った。感動を分かち合いたくて、友人全員に(ネットで)知らせた」と興奮気味だ。
米ワシントン・ポスト紙によると、ボイルさんがテレビに登場した10分後に、その動画が英中部の男性(42)によりユーチューブに掲示された。数時間後、米国の大学生(20)が映像を見て、ネット上の百科事典「ウィキペディア」に彼女のページを作成したという。
米国のテレビも大きな役割を果たした。ボイルさんはCNNの人気番組「ラリー・キング・ライブ」などの番組に引っ張りだこで、新旧メディアの相乗効果が爆発。彼女の出演するネット上の動画へのアクセスは約10日間で1億回を超えたとされ、異例の記録更新を続けている。
わずか数分間の動画がグローバルな「スター誕生」のドラマを生んだ現象について、英国のメディア評論家ライラ・バートラムさんは「誰をスターにするのかを一般の人々が決めた。ニューメディアの成熟を示すものだ」と分析する。
ボイルさんは、倉庫管理人の父と速記タイピストの母の間に生まれた9人兄妹の末っ子。学習障害と診断され、学校でいじめられたこともあるという。父親は90年代に死去。2年前に病弱だった母親が他界するまで、介護に人生の大半をささげてきた。彼女の劇的な成功物語は、ネット時代の新たな「グローバル・ドリーム」の誕生と言えそうだ。
ユーチューブを通じて世界的に話題になった例はほかにもある。
スーザンさんと同じ番組から世界的歌手になった英国のポール・ポッツさんの動画は07年6月に投稿され、約4700万回視聴された。携帯電話の販売員から転身したポッツさんに注目した日本の医薬品メーカー、龍角散(東京都千代田区)がCMに起用、09年2月まで放映された。
米国の女性のマギポンさんは07年1月に日本語で自己紹介する映像で評判になった。計75本の動画で約5500万回再生された。08年に初来日し、USEN(東京都港区)が運営する動画サービス「Gyao」などに出演した。
モデルのアンバー・リー・エッティンガーさんが踊りながら米大統領選のオバマ候補を応援する映像が投稿されたのも07年だった。
「オバマガール」と話題になり約1400万回視聴された。
2009年4月29日