池田銀・泉州銀、統合で最終合意――難産、半年遅れの船出2009/05/26配信
池田銀行と泉州銀行は25日、10月に経営統合することで最終合意した。両行の資産価値を同じと見なして新銀行への株式移転比率を決めるなど「対等」の形を取る。ただ、最終合意は予定から半年遅れ、交渉過程では不協和音も漏れた。過去を乗り越え、どう相乗効果を出すのか。目標に掲げた「5年以内に関西ナンバーワン」への道は険しい。
なぜ交渉が難航したのか。最大の原因は、泉州銀の親会社である三菱東京UFJ銀行が加わったことによる、利害関係の複雑化だ。 旧三菱銀行と親密だった池田銀は、当初から泉州銀より最終決定権を握る三菱UFJ銀との交渉に重きを置いた。このことが泉州銀に「池田は三菱と密約を交わしている」との反発を呼んだ。 三菱UFJ銀と池田銀の関係も揺れた。三菱UFJ内に、40%超の議決権を握ることになる新銀行をグループに取り込む案が浮上したためだ。独立系を掲げる池田銀は、「のみ込まれるのでは」と警戒した。 統合比率の算定が難しくなったことも混乱に拍車を掛けた。統合が浮上した08年2月時点で、算定根拠の1つとなる池田銀と泉州銀の時価総額は、1対1.4程度と泉州優位。ところが、08年9月の米リーマン・ブラザーズショック前後には逆転した。 どちらが優位に立ってもおかしくない状況が生まれたことで、お互いが相手の資産の不健全さを指摘し合う悪循環に陥った。疑心暗鬼が深まり、11月には統合延期に追い込まれた。 収拾に動いたのは、破談による地域金融の不安定化を恐れた金融庁だ。態度を硬化させていた池田銀も、三菱UFJが統合後3―5年で持ち分法適用外まで持ち株比率を減らすと約束したため、警戒心を解いた。 交渉は決着したが正念場はこれから。今後は融資先企業の経営悪化などで不良債権が増え、環境は厳しくなる。両行は大阪市や東大阪市への出店を加速する方針だが、身内での競争などが起きれば統合効果は相殺される。 3者が譲り合いながら、行員から前向きな力を引き出していかなければ、新銀行は「船頭多くして船山に登る」ことになりかねない。両頭取に加え、取締役会でキャスチングボートを握る畔柳信雄三菱UFJ銀会長のかじ取りが問われる。
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