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社説

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日本の宇宙開発―技術は軍より民で磨け

 軍事にばかり目が向いていると、日本の宇宙開発は先細りになりかねない。麻生首相を本部長とする政府の宇宙開発戦略本部が初めてまとめた宇宙基本計画案を見ると、改めてこんな懸念を抱く。

 計画案は、アジアの防災に貢献する陸や海の観測、気象観測など五つの利用分野と、宇宙科学や有人活動など四つの研究開発分野を挙げ、今後10年を視野において5年間で進める計画を掲げている。今月末に正式決定される。

 安全保障はその利用分野の一つだ。昨年5月にできた宇宙基本法で道が開かれた。早期警戒衛星の研究開発が盛り込まれているのが目を引く。

 この衛星はミサイル防衛システム用だ。高熱の物体が放つ赤外線によってミサイルの発射を知る。技術的な難しさに加え、解析システムの開発なども合わせると費用は巨額になり、導入には消極的な意見が少なくなかった。

 しかし、北朝鮮が4月に行ったミサイルの発射実験をきっかけに、自前の衛星を持つべきだという声が与党内で一気に盛り上がった。

 導入するかどうかは、年末に予定される防衛計画大綱見直しの際などに議論される。その必要性や費用はもちろん、日本が宇宙の軍事利用に本格的に乗り出すことで国際的な緊張を高めないか、十分に考える必要がある。安定した官需を求める宇宙産業の事情に引っ張られて先走ってはならない。

 計画案は、宇宙技術は使い方次第で民生にも軍事目的にも使える「デュアルユース」の考え方を持ち出し、安全保障への利用を広げようとしている。たとえば、早期警戒衛星の技術は森林火災の探知にも役立つというのだ。

 たしかに偵察衛星も地球観測衛星も基本技術は同じだ。それなら企業間の競争がある民生部門でこそ技術を磨くべきだ。米国の商業衛星は数十センチのものを見分けることができ、日本の情報収集衛星の能力を上回っている。

 防衛関連の技術は割高になり、その秘密主義は技術の発達を妨げる。

 安全保障の名の下に採算を度外視した計画が増えれば、民生部門にしわ寄せが及ぶ恐れもある。計画が遅れて費用が大幅に増え、その意義が薄らいでいるGXロケットも、安全保障目的で開発が正当化されようとしている。

 日本の宇宙開発を育てるためにすそ野を広げる必要があることは、計画案でもうたわれている。そのためにも、開かれた環境で進めることが重要だ。

 宇宙開発には国際的に大きくとらえる視点も欠かせない。宇宙は、各国が独自の技術やアイデアをもって競い合い、協力しながら未知に挑む舞台だ。そこに日本ならではの技術力をどう生かし、どう世界に貢献するのか。

 日本の飛躍につながる、そんな戦略を示す基本計画であってほしい。

本のデジタル化―知の集積体を日本にも

 世界中の膨大な数の本から知りたい情報を即座に探し出す。ネット検索の最大手、米国グーグル社が、そんな検索サービスを進めている。

 グーグルは欧米の大学図書館などの蔵書をコピーして、700万冊を超えるデータベースを作った。ウェブ情報は玉石混交といわれるが、書籍からの情報は総じて質が高い。絶版書をネットで読めるようにする。

 米国の著作者や出版社の団体との間で、データベース利用料や広告などで得られる収入の63%を支払うといった和解案がまとまった。ところが問題は日本にも及び、混乱が起きている。

 例えば、村上春樹さんの著作はグーグルのリストに500点以上あがっている。デジタル化ずみの日本語の本も多い。この先、市場で流通していない日本語の本が絶版と判断されれば、ネットでの公開が広がるかもしれない。

 著作権者はデータ削除を求めることもできるが、積極的に拒否の手続きをしないと、グーグルのルールに同意したことになる。こうした一方的なやり方に、日本文芸家協会などが抗議の声をあげている。グーグルは十分に説明し、より丁寧に対応する必要がある。

 しかしこの先、グーグルの書籍検索が世界で大きな影響力を持つのは間違いないだろう。とすれば、データを削除させることで日本の本の著作権を守るという姿勢だけでいいだろうか。

 重要なのは、こうした「知」を集積する作業を米国の一企業に任せておいてはいけないということだ。経営方針が変わるかもしれない。検索で何を上位に表示するかなど、運用もグーグルの裁量だ。便利ではあるが、一方で不安定さと偏りが生じる可能性がある。

 だからこそ、グーグルとは違う、多様な知の集積と検索のシステムを作ることが必要だ。

 欧州連合は昨年11月、加盟27カ国の文化機関が所蔵する書籍や絵画、映像などを検索・閲覧できる「ヨーロピアナ」を開設した。データ数は400万を超え、来年には1千万になるという。韓国でも国立図書館がデジタル化を積極的に進めている。それに比べ日本は総合的な取り組みが遅れていた。

 そこに追い風が吹き始めている。

 審議中の著作権法改正案が通れば、国立国会図書館は著作権者の許諾なしで所蔵資料のデジタル複写ができる。

 景気対策のための補正予算案では、デジタル化に約126億円がついた。例年の100年分の額だ。順調にいけば来春までに国内図書の4分の1がデジタル化できる。

 本は著作者の知恵と労力の結晶である。敬意をはらい、権利を尊重したうえで、デジタル技術を利用して新しい価値を生み出す努力をしたい。日本の知を集積し、世界に発信する仕組みづくりを官民で急がねばならない。

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