新型インフルエンザの感染が拡大する大阪や兵庫では、急増する受診者への対応に医療機関が苦慮している。保健所の発熱相談センターには電話が殺到し、検査キットなどの不足を訴える医師も多く「限界に近づきつつある」と悲鳴が上がる。感染がさらに広がれば、診察する医療施設は発熱外来から全施設に広げられる。だが、診療した医師が「濃厚接触者」として自宅待機させられたり、感染しても休業補償する制度はなく、国の対策の不十分さが浮かんでいる。
「1週間分の相談電話が1日でかかってきた。電話が鳴りやまない」。大阪府の発熱相談センターの担当者は疲れた表情を見せた。
各保健所などのセンターには17日午前までの24時間で1039件の相談が寄せられた。大阪市のセンターに17日午前9時~午後5時半に381件、神戸市のセンターには16日588件の相談が殺到し、パンク寸前だ。回線を増やすなど対応する方針だが、情勢は不透明だ。
神戸市では、発熱相談センターの電話につながらなかった人などが、相談なしに市内の医療機関の発熱外来に直接来院するケースも相次いでいる。担当者は「現場は混乱して戦場のようだ。受け入れ能力は限界に近づきつつある」。電話がつながらなかった人に対応するため玄関前で独自に簡易検査をする民間病院まで現れた。
17日、新型インフルの感染拡大を受けて開かれた大阪府医師会の臨時代議員会。代議員の医師たちが「検査キットもタミフルも足りない」と窮状を訴えた。会場でアンケートしたところ、出席者の25%が検査キットを備えていないと答え、大半がタミフルなどの備蓄が不十分と答えた。
感染者は日々増加している。代議員会では「(数日内に)パンデミックになる」と指摘する医師もいた。感染症指定医療機関は大阪、京都、兵庫の3府県で計168床に過ぎない。感染が拡大すれば指定医療機関ではない一般医療機関が対処することも考えられる。
実際、国の行動計画は対策が第3段階の「まん延期」に入ったら、入院を重症者のみに絞り、軽症者を自宅療養に切り替えるとしている。「間もなく私たちが(新型インフルの治療を)引き受けざるを得なくなる」。医師たちは、タミフルなどの入手が困難な状況を訴えながら、行政に早急な対策を求めた。
16日にあった神戸市医師会の会議では新型インフル患者を診察した開業医が、他の患者に感染を拡大させる可能性があるとして厚生労働省に休業を“指導”されたことが報告され、開業医から不満が噴出した。こうしたケースについて厚労省は、医療の萎縮(いしゅく)を招かないよう近く対応の手引きを示すことにしており「患者と医師の双方が、(効果のある)不織布マスクを着けていれば濃厚接触者にならないのではないか」と話す。
一方、日本医師会は、発熱外来で働く医師が新型インフルエンザに感染した場合の休業補償を求めているが、厚労省は「医師確保のため契約でいろいろな対応をしている自治体もあるが、国としての休業補償は難しい」と説明する。【野田武、酒井雅浩、田中龍士、清水健二】
元世界保健機関鳥インフルエンザ薬物治療ガイドライン委員会委員の菅谷憲夫・けいゆう病院小児科部長の話 国内感染が確認されたばかりであり、国民感情を考えれば、最初は休校や行事中止などの措置も仕方ない。だが、政府は今回の新型インフルエンザの症状が季節性インフルエンザと変わらない、と説明している。それならば、従来の季節性インフルエンザと同様の対応をすればよいのではないか。
休校するとしても、対象は発生した学校だけで十分だ。子どもが保育園や学校へ行けなくなると、親も仕事を休まなければならなくなる。その社会的なマイナスの方が大きい。
患者が増えれば、発熱外来から患者があふれるだろう。今後は、すべての病院・診療所が通常通り診察すればいい。軽症者を隔離して入院させることも不要だ。海外渡航歴などの有無を診断基準にすることもナンセンスだ。
大阪府の橋下徹知事が国に季節性インフルエンザと同様の対策を求めたことは、理解できる。水際対策から国内の医療体制整備に切り替える時期だ。
過度に恐れる病気ではない。だが、発症48時間以内の治療薬の投与や、持病のある人への適切な治療体制の確保は欠かせない。【聞き手・江口一】
カナダから帰国した国内最初の患者をはじめ、高校生の感染が目立つ。国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は科学的結論は出ていないとしながらも「高校生は学校という狭い空間で長時間集団生活し、行動範囲も広い。小中学生らよりは感染の機会が多く、感染のしやすさにつながっているのではないか」と話す。
今回、米国でもニューヨークの中・高校の集団感染がきっかけとなり、感染が広がった。米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に今月掲載された米国内の患者を分析した論文によると、4月15日~5月5日に感染が確認された642人の6割が18歳以下で、16%が学校での集団感染で発症していた。
鈴木宏・新潟大教授(国際感染症学)は「年齢が高い人が新型に対し何らかの免疫を持っている可能性は否定できないが、高校生のクラブ活動などの行動パターンが関係しているかもしれない。過去にも剣道やバスケットボールなどの大会を通じて、麻疹(ましん)(はしか)が流行したことがある。スポーツは身体が接触する機会が多いし、声を掛け合うなど感染を広げやすい」と指摘する。
また、ウイルスの感染力は年代によって変わらないとされるが、症状の出方が異なることはよくある。たとえば、子どもの麻疹は症状が軽いが、大人になってかかると重症化する。浦島充佳・東京慈恵会医科大准教授(小児科学)は「(新型インフルは)10代後半の若者が感染すると発症しやすい特徴を持つ可能性がある。若者は免疫反応が強く出るため症状が重くなりやすいとも言われている」と指摘する。インフルエンザは症状が重いとそれだけウイルスが多く作られ、他者を感染させやすい。これらの要素が組み合わさって、高校での感染が広がっている可能性はある。【永山悦子、下桐実雅子、江口一】
毎日新聞 2009年5月18日 1時51分