記者の目

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記者の目:宇宙開発戦略本部の「匿名」「密室」論議=西川拓(東京科学環境部)

 ◇国民理解得るため、公開を 巨額税金…幅広い支持が必要

 政府の宇宙開発戦略本部(本部長=麻生太郎首相)が4月末、宇宙開発利用分野の初めての国家戦略となる「宇宙基本計画」の案をまとめた。有人宇宙計画や防衛分野での利用、持つべきロケットのラインアップなどの点で、従来の方針を大きく転換した。しかし、戦略本部の会合はすべて非公開で、どのような議論を経て路線変更が行われたのか、さっぱり見えない。宇宙開発には巨額の税金が投入されるが、これで国民の理解が得られるのか疑問だ。

 基本計画は今年度から5年間の日本の宇宙政策を決定するものだ。昨年8月に施行された宇宙基本法に基づき、今月末に策定される。これまでの日本の宇宙政策の方針は、文部科学省の宇宙開発委員会などが、公開の場で議論して決めてきた。

 だが、新体制の下では、戦略本部の会合も、基本計画を策定する有識者会合も、すべて非公開になった。各会合の後、報道関係者向けに内容の概要説明はあったが、発言者を伏せた形で意見の要点が簡単に述べられるだけ。戦略本部のホームページにも議事録は掲載されず、個条書きの発言要旨が、1カ月ほど遅れて載っただけだった。

 私は何度も会合の傍聴を求めたが、戦略本部事務局は「自由に議論してもらうため」として一切応じなかった。副本部長の野田聖子・宇宙開発担当相も「有識者の中には宇宙の知識が十二分にない方もいる。そういう方の発言に対して、外部からやゆされることがあってはならない」と消極的だった。

 しかし、選ばれた有識者は有名企業の経営者や大学教授ら、そうそうたるメンバーだ。仮に宇宙開発分野では「素人」であるにせよ、誰はばかることなく発言できる人たちばかりだろう。少なくとも科学技術の分野で、このような理由で政策決定過程を非公開にすることは納得できない。総合科学技術会議は、本会議を除き原則公開されている。

 さらに、重大な方針変更が唐突に提出され、議論らしい議論もなく決まったことにも違和感を覚えた。例えば、有人宇宙計画だ。04年に策定された従来の政府方針では「当面(今後10年程度)、独自の計画を持たない」と明記されていたが、基本計画案には月の資源調査などを目的に「有人を視野に入れたロボットによる月探査」が盛り込まれた。20年ごろに日本の得意とする二足歩行ロボットなどを月面に送り、次の段階として人間とロボットの連携による本格探査を目指すという。

 この構想は、3月の有識者会合で、メンバーの一人で宇宙飛行士の毛利衛さんが提案した。必要な費用などは議論にならず、事務局によると「得意な部分から始めるのは理にかなっている」などと支持する意見が相次ぎ、反対意見はなかったという。

 しかし、月探査については、米国が国際協力での有人探査構想を打ち出している。日本の宇宙航空研究開発機構など世界13の宇宙機関で作る作業チームが、有人を含めた今後の具体的な探査シナリオを検討している。本来、戦略本部で議論すべきは、日本がこうした国際計画にどう臨むのか、自前の有人ロケットを持つべきかどうか、といった点ではなかったか。特に自前の有人ロケット開発の是非は、宇宙開発関係者の間でも、費用や人命のリスクを国民が許容できるかどうかを巡って意見が割れており、議論抜きに済ませる問題ではない。

 また、基本計画案は「多様な衛星需要に合わせ、最適なロケットで効率的に対応する」として、基幹ロケット「H2A」に加え、中型の「GX」は「推進する意義がある」、小型の新固体ロケットは「推進する」と記した。だが、GXは開発コストが膨れ上がり、昨年来、宇宙開発委員会で開発継続に否定的な意見が続出。新固体ロケットも総合科学技術会議による08年度予算査定で「減速すべし」と判定された。1年程度でこの状況が変わったとは思えない。

 今回の基本計画案は、冒頭で日本の宇宙産業の競争力不足を指摘するなど、全体として産業界の意向が強く反映されている。戦略本部の豊田正和事務局長は「100人以上の関係者から意見を聞き、判断した」と説明するが、そんな「匿名」の意見や密室の議論ではなく、堂々と公開の場で意見を出し尽くすべきだ。

 宇宙政策には利害関係者だけでなく、幅広い国民の支持が必要だ。18日まで首相官邸のホームページ(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/utyuu/pc/090428/090428pc.html)で基本計画案に対する意見を募集している。これからの宇宙政策に何を求めるのか、一人でも多くの人に意見を寄せてほしいと願う。

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 ご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係 kishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2009年5月13日 東京朝刊

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