元看護師の行為は傷害とされた。北九州市の北九州八幡東病院を舞台にした「つめはぎ事件」で、元看護課長、上田里美被告(42)に有罪を言い渡した30日の福岡地裁小倉支部判決。田口直樹裁判長は「ケア目的とは到底思えない」と指摘した。判決言い渡し後、上田被告は記者会見し「私の思いは通じなかった」と悔しさをにじませた。介護、看護現場の関係者からは「今後、つめ切りできなくなる」「看護ケアの在り方を見直さざるを得ない」など戸惑いの声が上がる一方、被害者側は「反省してほしい」と話した。【佐野優、佐藤敬一、太田誠一】
地裁小倉支部207号法廷。午前10時過ぎ、茶色のスーツ姿の上田被告が入廷。緊張した面持ちで被告人席に着いた。事件への関心は高く、一般傍聴席75席に対し、235人の傍聴希望者が集まり、判決言い渡しを見守った。
「被告人を懲役6月、執行猶予3年とする」。田口裁判長の声が法廷に響くと、上田被告は顔を紅潮させ、うつむいた。時折、ハンカチで涙をぬぐいながら判決に聴き入った。
判決前、上田被告は「看護師としての信念に基づいたケアだった。有罪になれば、看護師が不安を抱き、思い描く看護ができなくなる。一番被害を受けるのは患者だ」と語っていた。昨年11月、市内の民間病院で看護師として再スタートを切ったばかりだった。
公判前整理手続きは約1年にわたり、昨年10月に始まった公判は計9回に上った。上田被告は「浮いたつめを切っただけの看護ケア」と一貫して無罪を主張。日本看護協会も「実践から得たケアだ」とする見解を出し、支援の輪が広がった。
この日、田口裁判長は「患者のケアを忘れ、つめ切りに熱中した」と指摘。傍聴人の多くはガックリと肩を落とし、上田被告は弁護士に抱きかかえられながら法廷を後にした。
上田被告を支援してきた女性看護師(50)は「つめを切っていたら少しは血がにじんだりすることもある。それが傷害罪だと言われたら、私たちは何もできない。納得いかない」と話した。
判決を傍聴した被害者の次男は「ほっとした。反省してもらえれば」と話した。
事件後、北九州八幡東病院は再発防止のマニュアルを作成。異常なつめの患者がいれば主治医に報告して判断を仰ぐほか、報告書に主治医の所見を書き込み、医療、看護スタッフが患者情報を共有できるようにした。
一方、北九州市の小村洋一保健福祉局長は「市は第三者機関の意見を踏まえて虐待との判断を行った。刑事事件についての判断は司法に委ねられるべきもので、コメントは差し控えたい」との談話を出した。
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■解説
元看護課長の傷害罪を認定した30日の福岡地裁小倉支部判決は「被告はうそをつくなど、患者のためのケアであることを忘れていた」と看護師としてのモラルにも言及した。医療スタッフとの情報共有や、患者や家族へのインフォームド・コンセント(説明と同意)の重要性を強調した。
判決によると、上田里美被告は主治医に報告を怠った上、自らの関与も否定するなど虚偽の説明をした。被告の行動が不信感を生み、事件に発展した可能性は否定できない。判決は「(被告の行為は)粗雑で、苦痛や出血を避ける患者への配慮も欠いた」と厳しく指摘した。
ただ当時、被告が勤務する北九州八幡東病院につめ切りに関するマニュアルはなく、報告体制も整っていなかった。細かく地味な作業が要求される作業だけに積極的に取り組む看護師は全国的にも少ない。診療報酬は加算されず、日本のフットケアは欧米に比べ遅れているともいわれる。
専門家の中には被告の行為を「適切なケア」と主張し、判決が介護、看護現場への萎縮(いしゅく)につながらないか懸念する声もある。
判決は、意思表示が困難な認知症患者らへの向き合い方や説明の在り方などさまざまな課題を提起している。【佐野優】
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◆つめはぎ事件裁判の争点◆
◆傷害と言えるか
つめをはがし、浮いている部分を切除したことで出血させた。出血した傷から2次感染の恐れが生じた。生理機能に障害を与えた
安全、清潔にするため、不完全な浮いているつめを医療用つめ切りで注意深く切除した。生活機能をより良くするケアだった
肥厚したつめの指先より4分の3ないし3分の2を切除し軽度出血をさせた。つめの8割方を切除し、内出血などを生じさせた
◆傷害の故意はあるのか
医療用つめ切りをつめと皮膚の間にこじ入れ、ケアとして許される範囲以上につめを切り、出血させた。傷害の故意はあった
高齢者のつめ切りには出血の危険が伴うが、出血させても構わない、といういいかげんな気持ちでつめを切ったことは一度もない
つめ切りに熱中し、出血や痛みを避けたり求めに応じ行為の意味を説明したりなどの配慮がなく、自らの楽しみで行為に及んだ
◆正当な看護行為なのか
深づめ以上に切り、出血させた。医師と上司の指示に反し、虚偽の説明もした。療養上の世話に当たらず、正当業務行為ではない
浮いたつめは患者の生活の質を低下させる。切除は患者にとって必要で看護師が行うべきケア。正当業務行為で看護として適切
各行為は看護行為ではないと認められることから、正当業務行為には該当せず、傷害罪となる
毎日新聞 2009年3月30日 西部夕刊