10オンス使用はソフト化の前兆か?

三浦 勝夫

 先日、ある原稿を書くためゴソゴソ物置を捜していたら古いスポーツ・イラストレーテッド誌が出てきた。何でスポーツ一般誌の同誌を買ったのかとページをめくっていたら、ルエラス兄弟の紹介記事が目に止まった。日付を見ると、もう11年余の歳月が経過している。ちょうどこの記事が出た頃、私も同時チャンピオンに君臨した彼らを取材していたので、とても懐かしく感じられた。2人ともボクサーとしての晩年は恵まれていなかった。兄ガブリエルは彼らのプロモーターだったダン・グーセンの興行を手伝っている姿を見た記憶があるが、弟ラファエルは今、何をしているのだろうか。

 その記事に2人のタイトル防衛戦の写真が掲載されている。全盛期の試合で難なくストップ勝ちを飾った時のものだ。目を引いたのはグローブの小ささである。これはどう見てもメキシコ製6オンスだろう。確か、1990年代初めに世界戦は軽量級が8オンス、S・ウェルター級以上のクラスは10オンスグローブを使用と規定されたと思っていたが、アメリカでは州によって違いがあったのだろうか。とにかく今では試合で目にすることのない小型サイズである。これで強打者だったルエラス兄弟に殴られれば、相手は相当キツかったはずだ。ちなみにガブリエルはWBC・S・フェザー級、ラファエルはIBFライト級チャンプだった。

 ルエラス兄弟の勇姿ともにグローブに懐かしさを覚えたのは、先日ネバダ州が今までウェルター級以上のクラスで使用されている10オンスをライト級以上に改定するというニュースを聞いたからだ。換算表によると、1オンスは28.34 グラムだから2オンス増だと56.68 グラム重たくなる。

 以前、ある著名ボクサーにグローブのサイズと受けるダメージに関してたずねたところ、「スパーリングで大きいグローブを使うのはダメージを軽減させるから。ヘッドギアはあまり関係ない」という答えをもらった。当然といえば当然だが、自分の認識を新たにした次第。大男たちが殴り合う重いクラスで10オンスを使用するのは至極、道理に叶っているのだ。

 「ボクシング・キャピタル(首都)」とも呼ばれるラスベガスを擁するネバダ州で昨年発生した死亡事故は2件。世界戦でヘスス・チャベスと対戦したリーバンダー・ジョンソン(米)とルスタン・ヌガエフにKO負けしたマルティン・サンチェス(メキシコ)が犠牲になった。いずれもライト級の試合で、そのあたりを今回ネバダ州コミッションは重視したかたちだ。

 チャベス-ジョンソン戦は序盤から一方的な展開となり、ダメージを蓄積したジョンソンが終盤ストップ負け。ヌガエフ-サンチェス戦は実際見ていないが、周辺情報では同じような内容の末、終盤サンチェスが力尽きたという。

 数ヵ月前、ワールド・ボクシング誌で特集されたグローブの問題。一説にはダウンを拒否して打たれ続け、長いラウンドに渡ってダメージを蓄積することが事故の原因だといわれる。もしそれが正しいと、グローブが大きくなればなるほど、相手を痛めつける時間を要し、大型化は逆効果という見解も成り立つ。いっそのこと、軽いグローブで一撃KOされた方が比較的被害が少ないという見方もあるようだ。日本ではミニマム級限定にしろ、6オンスグローブの復活を求める関係者もいる。ただ、海外の事情にも詳しいある関係者は「事故が続けば、とても6オンスに戻すことはできないでしょう」とコメントするのだが…。

 上記2件の事故が発生してから約1年後のルール改定というのは、この期間に十分な分析と検討が実行されたことの証と見たい。この発表はキース・カイザー新事務局長による就任後の初仕事という見方もあるが、何人かのネバダ州コミッショナーたちによる多数決で承認されたというから、一応民主的な決定と考えていいだろう。ボクシングというスポーツが廃止論などの逆風を受けながらも今後も生存して行くためには安全性改善は最重要課題である。

 とはいえ、ライト級とスーパーライト級の試合で10オンスを着用するのは、その場凌ぎの対策だと思えないこともない。それに正直これらのクラスで10オンスは、かなりビッグでヘビーな印象だ。スペクタクル性は減少するのではないか? だが、これも前日計量、グローブ大型化などいっしょにボクシングが“進化”して行くプロセスの一つと捕らえなければならないのだろうか。

 最近アメリカ、とくにラスベガスなどではボクシングに対抗し、格闘技系のUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が幅を利かせている。新聞などで社会面に登場し、その台頭ぶりが扱われると同時に、ボクシングと比較してその“強暴製”が取り上げられ、論議を巻き起こしている。それでも人気はウナギ上りでファン動員数、PPV売上げなどは、すでにボクシングのビッグマッチを越えているという噂だ。グローブというより、手袋のようなグラブで殴り合い、派手なシーンを売り物にするUFCに対し、果たしてボクシングはこのままの道を歩んでいいのだろうか? 日本のミニマム級で起こったスペルタクル性(KO決着)欠如の現象が本場のライト&S・ライト級戦で起こることも考えられるのだ。

 後日、今回のルール改正はテスト期間を設けて実施するとも伝えられている。そこでどんな回答が出るか注目されるが、本場ネバダで実施されれば、アメリカの他州、そして日本の含めた他国へと普及して行くのは時間の問題だろう。医学的検知からの安全性と他の格闘技と比較してのスペクタクル性確保。筆者の独断では必ずしもソフト化だけが、ボクシングを進化、発展させるものではないと思う。

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