歴史は繰り返す――。ハンク・アーロンが持つMLBの通算最多本塁打記録にバリー・ボンズがあと10本と迫っている。MLBでは新記録達成の場に、かつてのレコードホルダーが駆けつける“暗黙の儀式”がある。だが、今回ばかりは寂しい宴となりそうだ。
その理由は言うまでもなくボンズの薬物疑惑。既にアーロンは04年12月の時点で「ボンズは間違いを犯した」と明言している。ゆえに新記録達成の場に姿を現す可能性は低い。アーロン贔屓(びいき)のバド・セリグ・コミッショナーも“欠席”が噂されている。
1974年4月8日――アーロンは本拠地アトランタでベーブ・ルースを超える715号のMLB記録を樹立した。しかし、その場にボウイ・キューン・コミッショナーはいなかった。キューンは黒人のアーロンにルースの記録が塗り替えられることを快く思っていなかったのだ。
アーロンはその時の心境を自著『ハンク・アーロン自伝』でこう述べている。<球界にとって最も神聖な新記録の瞬間をコミッショナーが見ようともしないことに対して、私は大きな憤りを感じた。まるでその記録に何の威厳も認めたくないかのようだったし、ベーブ・ルースの記録を超える瞬間に参加したくないと思っているかのようだった。欠席の理由が何であれ、それはまったく不当なことだった。>『USA TODAY』などが行った調査によるとファンの72%が「ボンズはステロイドを使用していた」と考えている。実際、状況証拠をあげて冷静に判断すれば、ボンズは限りなくクロに近いグレーである。
しかし、当コラムで過去にも書いたように私はボンズに同情的である。ボンズをはじめとする薬物疑惑の“被告人”たちのホームランショーがMLBに利益をもたらせたのは事実であり、経営陣もそれに便乗したのだ。ホワイトハウスもミサイルを想起させるホームランを「テロに屈しない米国のシンボル」として利用したフシがある。「汚れていてもいなくても記録は記録」(米NBC)。私もこの考えに近い。ボンズひとりをスケープゴートにし、自らの汚れた手を見ないのは、それこそ“偽善”である。アーロンはともかく、セリグは歴史的な瞬間に立ち会うべきだ。MLB、いや米国の光と闇――すなわち栄光と堕落の物語を直視するためにも。
<この原稿は07年5月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>