社説
憲法記念日/もう一度、暮らしの隅々に
先が見えない同時不況に、新型インフルエンザが追い打ちをかける。不安が世界を覆うなか、きょう憲法が施行六十二年を迎えた。ひところの改正機運は薄れている。しかし、相次ぐ危機に暮らしが激しく揺れる今、憲法を意識する機会はむしろ増え、掲げた理念がいよいよ大切に思える。
私たちの憲法をもっと根付かせたい。その決意を固め直す日だ。
◇
「災害の直後、自らの弱点をのぞきこめる『窓』がわずかの間だけ開く」。米ノースリッジ地震(一九九四年)の報告書にある指摘だが、「災害」を「危機」と置き換えても通用するだろう。
世界金融危機の引き金となったリーマンショックから三カ月。年末の日比谷公園に現れた「年越し派遣村」は、この国にひそむ弱点を象徴的に示すものだった。
危機の拡大を前にして、企業は競うように「派遣切り」に走った。仕事がなくなれば住まいもなくなる。雇用保険も資金の貸付制度も十分機能せず、行き場を失う。そんな多くの人が派遣村に身を寄せた。
憲法二五条は「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と記す。生存権と呼ばれるものだ。
しかし、生活の安定があっという間に崩れ、政治は後追いの対応しかできない。
憲法をよりどころにしたはずの国づくりが、一皮めくれば底の浅いものだったのではないか。派遣村という「窓」から見えた国の現状は、そんな疑問を抱かせた。
■人権が揺れている
憲法は国民一人一人の人権を守り、人間らしい生活を保障する。だが、最近はそれに背くような動きが多すぎる。
職を失う非正規労働者の増加に比例するように生活保護受給者が増え、この一月には約百六十二万人に上った。年収が二百万円以下の人は一千万人以上といわれる。
公的な支援システムの不全が新たな貧困層を生んでいく。親の経済格差が子どもの教育格差につながっていく。
その先にあるのは格差が固定され、若者は希望がもてず、一体感も消える社会だろうか。だとするなら、憲法がうたう人権や人間らしさは遠くにかすんでしまう。
経済危機の克服に向けて、麻生首相はかつてない規模の景気対策を打ち出した。しかし、国が抱える膨大な借金を考えれば、いずれ負担増か福祉水準の引き下げが避けられないのではないか。そう感じる国民は少なくないだろう。
福祉サービスの利用を原則一割負担とした「障害者自立支援法」は、憲法違反だとする訴えが相次ぐ。これ一つとっても、理念と現実との間に生じた亀裂は深い。
難局を打開する展望がないまま弱い立場の人たちへのしわ寄せが強まり、暮らしを守るべきセーフティーネットにも欠けている。これでは、とうてい政治が責任を果たしたとはいえない。
「季節は春へと向かっているが、社会はますます冬へ向かっている。折り返し点はまだ見えない」。少し前、七十三歳の男性が本紙に寄せた投書でこう指摘していた。
たとえ景気が回復しても、温かさに欠ける高齢者医療やワーキングプア、限界集落といった問題が残ったままでは喜べない。後を絶たない子どもへの虐待や「ネットいじめ」の横行など最近の世相が、その嘆きを深くしているのかもしれない。
憲法には戦後日本の理想と目標が詰まっている。国民主権、平和主義とともに基本的人権の尊重は根幹であり、社会がどう変わろうとも守り抜くべきものだ。それが空洞化しつつあるようなら、「自らの弱点」では済まなくなる。
■問われるのは政治
憲法改正の手続きを定めた「国民投票法」の施行が、一年後に迫った。
衆参の「ねじれ」もあって、停滞していた論議は総選挙後に動きだす見通しだ。常に議論の中心にあった第九条などをめぐり、活発なやりとりが再開されるだろう。
だが、まず国民生活の視点から憲法の存在を洗い直すべきではないか。
グローバル化が進み、遠い国の変調が大きな波となって日本に押し寄せる。金融危機で思い知ったことだ。足元では超高齢化とともに人口減が現実になってきた。
そんな社会のなかで、私たちの生活は憲法がうたう通りになっているのかどうか。それをきちんと見極める必要がある。
地方は今、自治体の財政難や地域経済の停滞にあえぐ。「地方自治の本旨」に基づく自治、分権がどこまで実現しているだろう。「表現の自由」や「知る権利」が揺らいでいるのでは、との懸念も消えない。
憲法の中身を問う前に、憲法を尊重し、精神を実現すべき政治が問われる。その自覚を忘れてはならない。
先の米報告書は、「窓」が開いているときには通常ならできない試みが可能になるとも記す。窓から見えた「弱点」を放置してはいけないという戒めだろう。
戦後六十年余を経てほころびた部分に目を向け、もう一度、憲法を暮らしの隅々にまで行き渡らせるときだ。
(5/3 09:47)
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