社説
憲法記念日/生存権が輝き増すように
2009年05月03日
憲法二五条がうたう生存権がクローズアップされることが多くなった。「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。もっぱら語られるのは、この理念とかけ離れた社会の現状だ。象徴的だったのが、年末年始に東京・日比谷公園に設けられた年越し派遣村だろう。
昨年秋以来の急激な経済の落ち込みを受け、派遣村には失業者、ホームレスら約五百人が集まった。この数字が暗示しているのは、職を失えばあっという間に自力で生活することが困難になる人の多さである。派遣村村長の湯浅誠さん(反貧困ネットワーク事務局長)は、安全網が欠けたまま貧困に滑り落ちてしまう「すべり台社会」と表現する。
本紙などが加盟する共同通信社が開いた憲法講演会で、湯浅さんは貧困の現場から見える日本社会の現状を嘆いた。派遣切りに遭った人の例が分かりやすい。生きていくため日々の金と住まいがいる。月給仕事はまず選択肢から消え、寮付き日払い仕事が一番合理的な選択となる。貧困が固定化し、労働市場も壊れていくという負の連鎖に陥りかねない。「日本社会の存続にかかわる問題としてとらえなければならない」という。
自殺者が再び増加傾向にあるのも、こうした状況と無関係ではあるまい。国内では自殺者が十一年連続で三万人を超えている。警察庁のまとめでは、今年一〜三月は計八千百九十八人で、前年同期を三百人余り上回る。今年も三万人を超えてしまいそうなペースである。県内も同様の傾向で、今年一〜三月に八十七人が自殺し前年同期を十六人上回っている。突然職を失う人が増え、それが自殺の増加に結びついているとしたら何ともやりきれない。
自殺原因は経済問題ばかりではないにせよ、世界有数の経済大国のはずが、自殺死亡率の高い有数の国でもあるのは憂慮すべきことだ。六月までに職を失う非正規労働者が、昨年十月からの合計で二十万人を突破する見込みという。リストラの波は正社員にも容赦ない状況となっている。生活苦による自殺者を水際で食い止める対策を講じねばなるまい。国や地方自治体によるセーフティーネット(安全網)の「網の目」をより細かくすることが必要だ。
生存権を保障するのは国の社会的使命である。政府は過去に例のない大型の追加経済対策を含む補正予算を提案している。当面の危機脱出策、将来にわたる成長戦略が欠かせないが、安全網への目配りこそ社会の底力をつけ、不況を乗り切る足腰の強さにつながるのではないか。
きょう三日は憲法記念日である。来年五月に国民投票法が施行されるが、国会での憲法論議は停滞したままとなっている。憲法審査会の委員数や手続きを定める委員会規程の制定を与党が提案しているが、野党と入り口でもみ合っている状況だ。そもそも、憲法改正に向けた動きが国民的うねりとなっているとは言い難い。
生存権に代表されるように、広く国民生活に現憲法の理念が生かされているか、足元を丹念に検証することが求められる。
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