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豚インフルエンザによると疑われる死者はメキシコで100人を超えた。感染は、米国、カナダなどいくつもの国で確認されている。
世界的な大流行が心配される段階になったとして、世界保健機関(WHO)は警戒度を一つ高めて「フェーズ4」とした。
これまで世界が警戒してきたのは鳥インフルエンザだ。アジアを中心に死者を出したが、人から人への感染は広がらず、警戒度は3だった。今回は人から人への感染が確認され、それだけ流行の危険性が高まった。
かといって、大流行が必ず起こることを意味するわけではない。WHOは、渡航制限などは不要とし、過剰な対策をとらないよう戒めた。
政府は、WHOの発表を受けて対策本部を設置し、国内への侵入を防ぐ対策などに乗り出した。
だが今回、いずれは国内に入ってくることも十分に予想される。その時にあわてぬよう、事態を冷静に見極めつつ、できるだけ準備をしておきたい。
厚生労働省がまとめた行動計画は、きわめて毒性が強い鳥インフルエンザを想定している。海外で発生した段階で、その国からの外国人の入国を制限するなど、強い措置を取る。
だが、メキシコでは健康なはずの若者に多くの死者が出る一方、米国などでは比較的軽症の患者が多い。ウイルスの毒性の差によるのか、ほかの病気と重なっている場合があるのか。医療態勢の違いは影響していないか。
WHOを中心に、国際社会で協力して素早く、ウイルスの毒性や感染力の強さなどの特徴を明らかにする必要がある。
政府は、それにもとづいて行動計画を柔軟に見直すことが重要だ。
厚労省は、このウイルスに効くワクチンの生産に取りかかるというが、生産能力には限りがある。冬に向けて通常のインフルエンザのワクチンも欠かせない。ウイルスの性格を見極めたうえで慎重に判断する必要がある。
国内で感染が見つかったら、学校の休校や企業の業務の縮小など社会活動を制限することが計画されている。最悪の事態を想定しつつ、しかし、不必要に社会や経済を混乱させてパニックを招いたりしないよう、政府には、難しいかじ取りが求められている。
鳥のウイルスを心配していたら、手ごわい豚のウイルスが現れた。人知の及ばぬ自然の脅威を感じる。
インフルエンザに限らず、新顔ウイルスによる感染症は、平均すれば年に一つずつ出現している。新顔対策に集中するためにも、はしかなど既知のウイルスはワクチンできちんと予防しておきたい。
私たちは、ウイルスと隣り合わせで生きているのである。
オバマ米大統領がプラハ演説で打ち出した「核のない世界」への取り組みを、日本としてどう後押しするか。中曽根外相が「ゼロへの条件――世界的核軍縮のための11の指標」と題する講演で、政府としての方策を示した。
米ロ両国は第1次戦略兵器削減条約に代わる新条約の交渉妥結を急ぎ、さらなる核弾頭の削減などを通じて新しい安全保障の秩序づくりでリーダーシップを発揮してほしい。中国などその他の核保有国も核軍縮努力をすべきだ。包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効を促す。
外相の意欲は評価するし、来年、日本で開くという核軍縮のための国際会議も成功させたいと思う。だが、残念ながら、演説は物足りない。なぜか。唯一の被爆国家としての主体的な取り組みが乏しいのだ。
外相は、中国に対して「核兵器削減に取り組んでおらず、情報開示も一切行っていない」と批判し、軍備の透明化や軍縮努力を促した。米国だけが核を削減すれば、中国への抑止力が弱まり、この地域の軍事バランスが揺らぎかねないという懸念があるからだろう。それは理解できる。
だが、米国が4千発以上の核弾頭を持つのに対し、中国の保有数はひとケタ少ない。中国政府はさっそく演説に反発している。
肝心なのは、核の役割を減らす中で、東アジアの安定をどう確かなものにしていくのかということなのではないか。
困難な作業ではあるが、中国にも日本にも、その他の周辺国にも利益になる新しい安全保障の枠組みづくりを考える必要がある。なのに、外相演説はこの点にほとんど触れていない。
何より物足りないのは、麻生首相がこの問題を外相に委ねてしまっていることだ。
首相は先週、オバマ大統領と電話で協議し、大統領の演説を「強く支持する」と語った。だが、日本としてどう考え、行動していくつもりなのか、首相の肉声は聞こえてこない。
北朝鮮が核実験をした3年前、外相だった麻生氏は自民党内で核武装論が取りざたされた時、非核三原則は守ると言いつつ「いろいろな議論をしておくのはいいことだ」「言論を封殺するという考え方にはくみしない」などと語った。
核軍縮に無関心とは思いたくない。オバマ演説を機に動き始めた核軍縮の流れを、被爆国の首相として後押しし、実現に結びつけていく。そんな明確な考えを表明してもらいたい。
首相はきょうから中国を訪れ、胡錦濤国家主席や温家宝首相と会談する。経済危機などの課題は山積しているが、核軍縮への首相の思いを語る絶好の機会だ。