戦国演戯 #1

April 27 [Mon], 2009, 9:50
「尾張」
 美濃(みの)のマムシと恐れられていた斉藤道三(さいとうどうさん)にも、恐れる存在が居た。
尾張(おわり)のうつけ者と称された織田信長(おだのぶなが)である。
信長がいつか、尾張から美濃へ攻めてくるのを恐れた道三は、娘の帰蝶(きちょう)を信長に嫁がせ、同盟関係を築き上げていた。
帰蝶は美濃からやってきた姫ということで、信長によって「濃姫(のうひめ)」の呼び名を授けられたのである。
濃姫は、父である道三から密命を得ていた。
「殿がうわさ通りのうつけであるならば、殺せ」というのである。
このとき濃姫は、
「この懐剣(かいけん)、いずれ父上様に向けることになるやもしれません」
と言ったという。
それでこそわが娘、天晴れ、と道三は娘を咎(とが)めることはなかった。
父である斉藤道三が生きている間は斉藤家と織田家のために尽くすと決めていた濃姫だったが、その道三が兄の謀反に逢い、とうとう濃姫は斉藤家と織田家の同盟の証という立場を失ってしまった。
そして、濃姫が嫁いだ時には既に信長には側室の吉乃(きちの)が男児を産んでいた。
濃姫も側室である彼女に負けじと何とか子をなし得ようとしたが、残念ながら懐妊の兆しは見られなかったのである。
桶狭間の戦いが起こったのは、斉藤道三が滅ぼされてからしばらくしてのことであった。
「今川を討たねば、我らは滅ぼされてしまいます」
その言葉を家臣から聞いた信長は遂に、織田と尾張の民を守るために立ち上がったのである。

 美濃を経由して尾張にたどり着いた紅葉と白夜は、人々の不安げな顔を何度も見せつけられた。
そして、ひそひそとこんな声が聞こえてくるのを耳にした。
「…今川義元(いまがわよしもと)が攻めてくるそうじゃ」
「今川は相模(さがみ)の北条氏康(ほうじょううじやす)や甲斐(かい)の武田信玄(たけだしんげん)と同盟を組んでいる。今ここに攻め込まれたら武田も動くだろうし、もうこの国もお終いだ」
「城主の織田信長様が武田と今川をいっぺんに倒せるとはわしらには思えんよ」
近いうちに戦が起こる、というのは、尾張に来て間もない紅葉たちにもよくわかる。
「人々の不安を煽(あお)るとは、城主がよほどだらしのないお方なのでしょう」
つい、白夜は人々に同情するかのように言ってしまった。
「私は、だらしのない城主を装っているだけなのかもしれない、と思います」
紅葉は逆にこの国の主が、うつけを装い、実は良き国の主であると考えた。
「そんなことよりも、今は今宵の宿を探すことの方が先。行きましょう、白夜」
行く宛てもないまま旅に出た紅葉と白夜は、旅先で祈祷(きとう)や占いをして得た金をなんとか宿代に当てていた。
金が減ると再び占いの行商をして、それを宿代などの必要な金にあてると言った繰り返しだった。
それでも金が底を尽きかけた時は、紅葉が神楽を舞って、人々からなんとか金品を譲(ゆず)ってもらうこともあった。
しばらく歩くと、宿街に出くわした。
白夜は隣になんとか行商ができそうな、狭い場所がある宿を見つけた。
「紅葉様、此処に致しましょう。この宿なら、占いも十分出来ます」
紅葉は頷き、白夜に促されるがまま宿へ入った。
ふたりが案内されたのは眺(なが)めのいい部屋だった。
この部屋からであれば、人々の様子を垣間見るだけでなく、町の一画が十分に見下ろせる。
「戦が始まるかもしれないというのに、人々は慌ただしくなる様子も御座いませんな」
人々が話す姿以外、見受けられない…。
白夜の眼には、人々の姿がそういった感じで映っていた。
「多くの人々が、恐らくは戦がたんなる噂話なだけである、と思っているのかもしれません」
紅葉はそう言うと、自分の荷から笛を出した。
母、小磯の形見として常に肌身離さず持っている横笛である。
「お母様、尾張ですよ」
そう言うと紅葉は窓辺に立ち、笛を吹いた。
こうやって笛を吹くと、亡き母と話をしているように感じるのである。
「母君様は、社の外の世界といっても、近くの街が全てで御座いました。貴女様は、私に連れ出されて誠にお幸せなようで何よりでございます」
「私は、幸せなのですね。けど…この風景をお母様にも見せてあげたかった」
雪に閉ざされた北国の越後、実りの国である諏訪、人々が長閑に暮らす鎌倉など、様々な地と人々と触れ合い、二人は尾張までたどり着いた。
尾張の前に居た美濃では、賑わう市を眺めるだけでも楽しかった。
紅葉は、自分の傍に母が居れば、母と娘、そして白夜の三人で来られたらもっと楽しい旅路になっただろう、という思いが何所かにあった。
母を思う娘の気持ちに嘘はない、と白夜は思った。
…今は母君様の代わり、いえ、それ以上の存在として私が常に傍に居ります…。
こうやって常に傍らにいる自分自身の思いがいつか、紅葉に届くことを白夜はただ願っていた。
前に話した、鬼の一族が人と良き関係になるという高い理想を、未だ白夜は抱き続けている。
街はそろそろ夕暮れ時に差し掛かろうとしていた。
そろそろ夜が来る。
物の怪がまた、襲ってくるかもしれない。
その時は宿を去るか、この地を離れなければならなくなる。
一族の郷へつながる道が見つかるまではこのままずっとこの国に留まっていることが許されればいいのに…。
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