ハウステンボスがモデルの大海原の孤島ドーナツランドの街を舞台に、主人公の風子が冒険を繰り広げるアニメ映画「コムタチン・コムタチン」。そのストーリーのなかで重要な登場人物となっているのが風子のパパで、ドーナツランドのオルゴール職人であるイサクだ。
実は彼にはモデルとなる人物がいる。ミュージアムスタッド地区にあるストリートオルガンのオープン工房ピーレメント・ボウの職人、松本尚登(ひさと)である。
ストリートオルガンとの出会い
世界でも10人しかいない専門職人のひとり。もっといえば、ヨーロッパ製アンティークの修理をメインに手がけている、日本ではたったひとりの職人だ。それだけ、職業として成り立たたせることが難しいということなのだろうが、そんな仕事をどうして選んだのか。
「もともとは銅版画家を志していたんです。でもある日、とある街角で偶然にもストリートオルガンと出合って」
だが、この人にとっては必然だったのかもしれない。出合った瞬間、ハンドルを廻すだけで箱のなかから音が出る仕組みにひどく興味を覚えたのだ。それは音の神さまがストリートオルガン職人の魂を吹き込んだ瞬間でもあった。
さっそくその仕組みを探ろうと、博物館や図書館、音楽学校までも訪ねた。けれど、一片の手がかりも見つからなかった。どうするか。あとは、現物を解体して仕組みを覚えるしかない。そう思った時、音の神さまがやはり味方した。ひょんなことから、日本に最初に輸入されたストリートオルガンの修理を手がけることになったのである。
まったくの手探り。「あとで組み立てられなくなるおそれがあるため、カメラやスケッチで記録を取りながら順番に部品を外していきました。そうやって、一つひとつの仕組みを理解したうえで作業を進めるしかなかったのです」
当然、時間がかかる。ついにはオルガンが保管されていた倉庫に泊まり込み、半年もそこで暮らした。だが、この経験をきっかけにストリートオルガンにますますのめり込み、奥深い技術の世界に情熱を燃やしながら腕を磨きつづけた。
入社から今まで、そしてこれから
そして1992年、ハウステンボスオープンの年にオルゴール博物館オルゴールファンタジアのスタッフとして入社。ストリートオルガンをはじめ、同館が収蔵するヨーロッパ製の古い自動演奏楽器のメンテナンスに当たり、2002年からはオルゴールファンタジア対面にできたピーレメント・ボウをホームグランドに活躍する。
これまでに修理したストリートオルガンは80台程。一方、手作りのオリジナル作品も5台、世に送り出した。今では持ち込まれたストリートオルガンのどこが悪いか、見ただけで分かるようになったが、「昔は統一規格などなくて、例えば鍵盤の配列が1台ごとに違う、いわゆる一品ものなのでやっかいです」と話す。だが、それだけやりがいもある。また、本体をバラバラに分解して修理するのは日本ではここだけという誇りも背中を後押しし、作業をスムーズに行うためにメーカーや製品の情報収集には日頃から余念がない。
現在、19世紀後半の旧東ドイツ製のものを修復中。過去、中途半端に作り直してあったらしく「それがよくない」と、もう一度部品から作ろうかと思案している。
夢を尋ねてみた。「日本には1920年代の古いストリートオルガンが5台、近代の本格的タイプが24~5台あるのですが、それらをちゃんとした状態、作られた当時の音が鳴るようにしたいですね」
25年前の音の神さまの判断は間違っていなかった。頭のなかは常にストリートオルガンでいっぱいなのである。