<NEWS NAVIGATOR>
オバマ米大統領が欧州歴訪中の今月5日、核兵器の廃絶を目指す包括的な戦略を演説、発表した。世界随一の核兵器大国ながら、自ら核軍縮に乗り出そうとしている真意は何か。果たして実現性はあるのか。米国と世界を取り巻く核の状況をまとめてみた。
■NAVI1・狙いは?
オバマ大統領が核廃絶を目指す最大の理由は、「冷戦の遺物」である核兵器が世界中に大量に残存することで、「核兵器を持ったテロリスト」の脅威を生み出す可能性があるためだ。
ただ、大統領は「恐らく私が生きている間には達成できないだろう」と困難さを認める。世界のどこかに核兵器が存在する限り、米国は抑止力としての核兵器を保有することも主張する。
大統領の核戦略について、ホワイトハウスの軍縮担当調整官のセイモア氏は「短期的に取り組める現実的な手段」だとする。
戦略は3本柱だ。
一つ目は、核兵器の削減と新たな核開発の禁止。大統領は「米国が国家安全保障上における核兵器の役割を低下させる」と明言。世界の核兵器の9割以上を保有する米露が、第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新条約に年内に合意し、米上院には核実験全面禁止条約(CTBT)批准を働きかける。
二つ目は核拡散防止条約(NPT)の強化。条約が認める核エネルギーの平和利用の促進を強調し、「国際燃料銀行」と呼べるような枠組みを提唱している。世界のエネルギー需要を満たすだけでなく、「核の平和利用」を隠れみのにした核兵器製造を防ぐ狙いがある。
三つ目がテロリストの核兵器獲得の防止だ。管理が甘い核施設が世界にあふれているとして、安全を保障するための国際的な取り組みを今後の4年間で構築すると表明した。
大統領がテロリストへの核拡散防止対策の原点とするのが、1990年代の「ナン・ルーガー」計画だ。ルーガー共和党上院議員とナン民主党上院議員(当時)の発案により、旧ソ連の核兵器処分や核物質管理を援助、兵器類や技術情報がテロリストや「ならず者国家」の手に渡らないことを目指した。大統領は上院議員時代の05年、ルーガー議員とロシア、ウクライナの核施設などを視察。今回の核戦略は当時から描き始めていた可能性がある。
一方、オバマ大統領が持ち出した動機の一つが、「米国の道義的責任」だ。核兵器大国としてだけでなく、「核兵器を使用した唯一の国」として「行動を起こす道義的責任がある」と主張。核への取り組みが、米国の指導力の再生や、「道義的な権威」(セイモア氏)を高めることになると考えているようだ。
とはいえ、核廃絶を唱えられるのは、米国が通常兵器の技術や保有能力で圧倒的に優位だからとの指摘もある。このため他の核保有国から、もろ手を挙げた賛意の声は聞かれていない。
■NAVI2・実際は?
「核兵器のない平和で安全な世界」を目指すと世界に宣言したオバマ大統領。その実行力を問う最初の試金石といわれるのが、核兵器の爆発実験を禁じるCTBTの批准だ。
米国はクリントン大統領時代の96年に署名したが、批准は共和党の反対で99年に否決された。CTBTは米国が批准しても、発効にはイランや北朝鮮、インド、パキスタンなどの批准も必要で、道のりは険しい。だがオバマ大統領は、世界に核廃絶を提唱するには、まず足元を固める必要があると考えている。
核廃絶推進派は、99年当時に比べ、米国の批准に必要な条件は整いつつあると分析している。その一つが米上院(定数100)の勢力構成だ。CTBT批准には上院出席議員の3分の2の賛成が必要だが、99年当時は共和党が多数派だった。現在は民主党が主導権を握り、批准は可能との見方がある。
共和党が当時、「小規模な実験を探知する技術がない」と問題視した核実験の有無を調べる検証能力も、「この10年で進歩を遂げた」(スクアソニ・カーネギー国際平和財団上級研究員)。さらにキッシンジャー元国務長官やペリー元国防長官ら核問題に詳しい超党派の大物4人が、07年に「核兵器のない世界」との論文を発表し、米国の指導力発揮を訴えたことも「追い風」となっている。
だが、保守派の間では「米国の批准が核廃絶に必要だという考えはそもそも誤り」(スプリング・ヘリテージ財団研究員)との声も根強い。米国は92年以降、核爆発実験を凍結している。米国の批准でイランや北朝鮮などが核開発を断念するとは考えにくい、との危機感もある。
■NAVI3・ロシアは?
核軍縮でカギを握るのが米国とロシアの関係だ。両国首脳は今月1日、12月に失効する第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新しい米露間の核軍縮条約の交渉を直ちに開始することで合意した。だが、目標実現への課題は多い。
ロシアは03年のイラク戦争時から、独断で対外政策を進める米国へのいらだちを強めるようになった。特に米側が「安全保障上の脅威になる」との懸念に応えず、核ミサイル迎撃を想定した東欧へのMD(ミサイル防衛)配備計画や、北大西洋条約機構(NATO)の拡大を推進したことに強く反発。昨年8月、ロシアが親米国グルジアに軍事侵攻して対立は決定的になった。
対話路線を掲げ、MD計画の推進に慎重な姿勢のオバマ大統領の誕生で、ロシアの強硬路線は一応、影をひそめた。また、戦略核の削減は、両国の一致した優先課題でもある。
両国は核弾頭の大幅削減では利害が一致する。しかし、ロシアは通常弾頭を搭載する長距離ミサイルを含めた運搬手段の削減や、米MD計画の凍結なども求めている。交渉が難航し、米国がMD計画の推進を続ければ、米露関係は再び悪化する恐れもある。
一方、米国はイランの脅威がなくなることをMD計画中止の条件に挙げ、協力を求めるが、今のロシアにイランの核ミサイル開発を中止させる力はない。
核廃絶を目指す方針を打ち出したオバマ大統領の演説について、メドベージェフ露大統領は20日、一定の評価を示しつつ、幾つかの条件を掲げた。通常兵器や防衛兵器で米国に後れを取ったロシアが、軍事大国の支えとなる核兵器の廃止にすんなりと応じる可能性は、今のところないとみられる。
■NAVI4・歴史は?
1945年の第二次大戦終結後、米国と旧ソ連を中心とする東西対立による冷戦が始まり、核兵器で相手をけん制しようとする「核抑止論」に基づき、核軍拡競争が起きた。
68年に成立した核拡散防止条約(NPT)は、そうした核拡散に歯止めをかけようとしたものだ。60年代半ばまでに核兵器を保有した米ソ英仏中の5カ国以外の国の核保有は認めない、とされた。
米ソは、「誠実に核軍縮交渉を行う」ことがNPTで核保有国に義務づけられたことを受け、戦略兵器制限交渉(SALT)を始めたが、核兵器の削減にはつながらなかった。冷戦末期の80年代末の核兵器保有数は、米国が2万発以上、旧ソ連が4万発以上。長距離ミサイルなどに搭載される戦略核だけでも、それぞれ1万発以上を保有していた。
冷戦終結へ向けた動きの中で、米ソは、87年の中距離核戦力(INF)廃棄条約により、欧州配備の中距離核ミサイルを全廃。91年の第1次戦略兵器削減条約(START1)で、戦略核弾頭を6000発以下に減らすことに合意した。
ソ連崩壊後の93年、ロシアと米国は戦略核弾頭を3000~3500発に減らす第2次戦略兵器削減条約(START2)に調印。だが、米上院が修正議定書を批准しなかったため発効しなかった。
ブッシュ前米政権(01~09年)は、核軍縮全般には消極的だったが、戦略核の削減には取り組み、02年、米露の戦略核弾頭を2012年までに互いに1700~2200発に削減する「モスクワ条約」に調印した。
今後の核拡散を防ぐには、核実験全面禁止条約(CTBT)の早期発効と兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)交渉の妥結が望まれている。
ただ、米露など既存の核保有国は既に、十分な量の兵器用ウランやプルトニウムを保有している。今後の生産禁止が焦点となるカットオフ条約をめぐっては、こうした点に不満を持つ国は多い。
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この特集は草野和彦、大治朋子、澤田克己、大木俊治が担当しました
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■ことば
ミサイルなどに装着される核兵器。米露間では、相手国を攻撃できる長距離用を「戦略核弾頭」と規定し、それ以外の核弾頭と区別する。戦略核弾頭は大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射ミサイルに装着されるもので、第1次戦略兵器削減条約(START1)やモスクワ条約の規制対象だ。ただ、START1が厳格に削減数を規定しているのに比べ、モスクワ条約は「実戦配備された戦略核弾頭」だけを対象とし、ミサイルから外されて保管されているような弾頭は「保有数」に含まない。
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■演説の骨子(今月5日、プラハ)
・全面核戦争の危機は去ったが、(テロリストなどへの核拡散による)核攻撃の危険性は高まった
・核兵器を使った唯一の国として行動する道義的責任がある
・核兵器が存在するうちは核兵器を維持
・ロシアと軍縮条約を交渉
・CTBT批准を(米議会に)求める
・兵器用核分裂性物質の生産を検証可能な方法で禁じるカットオフ条約を求める
・NPT強化に努める。違反国には処罰が必要
・核物質管理体制を4年以内に築く
・国際サミットを来年までに主催
毎日新聞 2009年4月23日 東京朝刊