世の中には、おぞましいものがいくらでもある。その中でも、自分が昔から何よりもおぞましいと感じてしまうのは、おぞましい現実に言及しつつ・言及することで自分の身をその現実から安全地帯へと引き離すことができる─引き離せばそれでよい、一件落着、と考える人の心に潜むものである──ということに、わりと最近思い至った。一つ二つのきっかけで思い当たったのでなく、いろいろな経験が積み重なって、その重みが、鈍い自分にもようやく感じ取れるようになってきた、ということだろう。
ちょっと回りくどい、なおかつ極端かもしれない例を上げる。
イスラエルのガザ侵攻が深刻な様相を呈していた頃、とある軍事オタク系の──と言ったら失礼かもしれないから、「研究者」の、と言っておこう──ブログ記事に行き当たったことがある。イスラエルが使用した白燐弾についての記事だった。
記事の主旨はこんなようなことである。
○白燐弾は本来照明弾の応用的なもので、その方面での代用品はいくらでもある。
○しかし対人兵器として使用された場合、非常に残虐な結果になることは想像できる。
○そして実際、イスラエルはそのように使ったらしい。
○しかし、人権団体や平和運動諸勢力は、従来目新しい兵器が戦争に登場する度に「残虐だ」とわめき、十把一からげに使用禁止を要求する。そのため、白燐弾のような（代用品があるのだから）使用禁止にすることが比較的容易な（はずの）兵器を禁止するチャンスを逃した。
○したがって、ガザの白燐弾被害の責任は、闇雲な兵器禁止を言い立てる平和運動団体にある。
・・・壮絶な飛躍のある結論部分を除いても、ツッコめる箇所はいろいろあるだろう。たとえば、「本来」照明弾であることなどは、米軍がイラク・ファルージャ攻撃の際にも使ったお馴染みの弁解のレトリックであること。また、「比較的使用禁止にしやすい」兵器に的を絞ったからといって、狙い通りに禁止に追い込める保障は全然ないこと。
後者に絡めて言えば、いわゆる平和運動諸勢力は、究極的にはあらゆる兵器の撤廃を志向し・スローガンに掲げていても、現実には「比較的使用禁止にしやすい」兵器の禁止を優先的に訴えている。そんな優先順位は軍事オタに言われるまでもない話で、たとえば最近なら対人地雷の撤廃へ向けてのアプローチ、それが軌道に乗っていればこそクラスター爆弾へ、という道筋も可能になるだろう。頭から「戦闘機を廃止しろ」などという大雑把なキャンペーンしている平和団体など、聞いたことがない（「核」については異なる位相にまたがる問題なので、この文脈では触れないことにする）。
そんな、ごく常識的なことにすら目が向かないこの研究者氏が、日頃どんな情報ソースに依拠して国際情勢を見ているのか、見当がつこうものだ。
そのあたりの話はさておき、僕がこの研究者氏の言い分を読んで心底おぞましさを感じたのは、論旨細部の妥当性のなさとは、大して関係がない。白燐弾を禁止にできなかった責任を平和運動になすりつける結論の馬鹿馬鹿しさとも、別の問題である。
僕が何より呆れてしまったのは、この研究者氏にしろ、その同調者諸氏にしろ、平和運動諸団体の無知を笑い、自分（達）は白燐弾対人使用の恐ろしさを元々知っていた、心配していたと豪語しながら、誰一人白燐弾を禁止しようと動いた形跡がない、ということだ。
もちろん、禁止のために動かないのは、基本的にはそれが彼ら・兵器マニアの利害に沿わないことだから、ということは百も承知である。しかし彼らが、禁止できなかった責任を立場を異にする他者に負わせるためには、それは最低限クリアすべきハードルだろう。つまり、「自分（達）は平和団体に対して、白燐弾に的を絞って禁止を訴えればチャンスがあるよと助言したのに、無視されてしまった」という経緯でもあったのか？ということ。その件については、──ない。ないのである。
自分達は一介の小市民で、そんな助言をする立場にないというのなら（批判はしてるくせに・・・という話はおいといて）、せめてそのブログなり何なりで同じことを訴え、平和運動系のブログにトラックバックでも送るくらいのことはしたのかというと、──そういう雰囲気でもない。ファルージャでの白燐弾使用の「証拠がない！」と言い張ることには熱心な諸氏ではあっても、禁止には異存はないようなのである。なのに、「禁止へ向けての提言をしたのか？」と尋ねられれば、彼らは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、「へ？なんで俺らがそんなことしてあげなきゃなんねーの？」と心の底から驚いてしまう。
もちろん、「そんなこと」、しなきゃいけないわけではない。ただし、責任を一方の側になすりつけるからには、せめて、別の側にいる自分達は打つ手は打ったという事実がなければおかしい。普通に人として要求されるこの当たり前の倫理が、彼らには理解できないのである。
戻って、自分がしなかったことを、他人がしなかったからといって、その他人をあざ笑うことができるという、倒錯。
日常の瑣末な事柄においてなら、別にいいだろう。
「おまえ、あのTシャツ買わなかったのか」
「ああ、買わなかった。おまえは買った？」
「買わねえよ。ほしくねえもん。でもおまえは、安く買うチャンスだったのに」
「ああ。でもその時は知らなかったから」
「俺は知ってたぜ」
「へえ」
「ばかだな、おまえ。安く買えたのに。ハハハハハ」
こんな奴がいても、別にいいだろう。ただ本人が「ヤな奴」として嫌われるだけの話だから。
しかし、人が生きる・死ぬという局面に関して、こうした態度を取ることができるとしたら、それはヤな奴を通り越して、よほど神経が歪んだ人間ではないだろうか。軍事という、時に「殺人」と同義である（「時に」ではなく全面的にだ、という議論はひとまずおいて）事柄に愉楽を求める人間にとっては、朝飯前の歪み方なのだとしても。
ただこれは、いわゆる軍事オタクと言われる人間達だけの特性だとも思えない。何か、自分達は生き・彼らは死ぬ、ということを当たり前の前提として「安全保障」とか「平和構築」とかいったことを考え進める、そうした退廃した精神状況というものに、広く通底している気がする。大げさな言い方はしたくないが、それ自体が一種のモラル・ハザードであるような。意図して従来のモラルにあらがう、ということではもちろんなくて、多くの人が気づかないうちに伝染しているような。
そういう人達ですらが、戦争は醜い、悲惨だ、と言う。それは確かにそうだ。ちぎれた手足、焼けただれた体、吹き飛ばされた頭、それらの折り重なる死体の山を見れば、誰だっておぞましさを禁じえない。
だけど、それよりもっとおぞましいもの、見た目の「死」の有様よりおぞましいものが、平和な社会に暮らす人間の頭の中に巣食っている。長らくそうした人間たちのご都合主義の言説を目の当たりにしてきて、いよいよ思うようになってきた。
何かが狂っている。そして、何かが腐っている。ああ、うまく言えなくて腹が立つ。
ちょっと回りくどい、なおかつ極端かもしれない例を上げる。
イスラエルのガザ侵攻が深刻な様相を呈していた頃、とある軍事オタク系の──と言ったら失礼かもしれないから、「研究者」の、と言っておこう──ブログ記事に行き当たったことがある。イスラエルが使用した白燐弾についての記事だった。
記事の主旨はこんなようなことである。
○白燐弾は本来照明弾の応用的なもので、その方面での代用品はいくらでもある。
○しかし対人兵器として使用された場合、非常に残虐な結果になることは想像できる。
○そして実際、イスラエルはそのように使ったらしい。
○しかし、人権団体や平和運動諸勢力は、従来目新しい兵器が戦争に登場する度に「残虐だ」とわめき、十把一からげに使用禁止を要求する。そのため、白燐弾のような（代用品があるのだから）使用禁止にすることが比較的容易な（はずの）兵器を禁止するチャンスを逃した。
○したがって、ガザの白燐弾被害の責任は、闇雲な兵器禁止を言い立てる平和運動団体にある。
・・・壮絶な飛躍のある結論部分を除いても、ツッコめる箇所はいろいろあるだろう。たとえば、「本来」照明弾であることなどは、米軍がイラク・ファルージャ攻撃の際にも使ったお馴染みの弁解のレトリックであること。また、「比較的使用禁止にしやすい」兵器に的を絞ったからといって、狙い通りに禁止に追い込める保障は全然ないこと。
後者に絡めて言えば、いわゆる平和運動諸勢力は、究極的にはあらゆる兵器の撤廃を志向し・スローガンに掲げていても、現実には「比較的使用禁止にしやすい」兵器の禁止を優先的に訴えている。そんな優先順位は軍事オタに言われるまでもない話で、たとえば最近なら対人地雷の撤廃へ向けてのアプローチ、それが軌道に乗っていればこそクラスター爆弾へ、という道筋も可能になるだろう。頭から「戦闘機を廃止しろ」などという大雑把なキャンペーンしている平和団体など、聞いたことがない（「核」については異なる位相にまたがる問題なので、この文脈では触れないことにする）。
そんな、ごく常識的なことにすら目が向かないこの研究者氏が、日頃どんな情報ソースに依拠して国際情勢を見ているのか、見当がつこうものだ。
そのあたりの話はさておき、僕がこの研究者氏の言い分を読んで心底おぞましさを感じたのは、論旨細部の妥当性のなさとは、大して関係がない。白燐弾を禁止にできなかった責任を平和運動になすりつける結論の馬鹿馬鹿しさとも、別の問題である。
僕が何より呆れてしまったのは、この研究者氏にしろ、その同調者諸氏にしろ、平和運動諸団体の無知を笑い、自分（達）は白燐弾対人使用の恐ろしさを元々知っていた、心配していたと豪語しながら、誰一人白燐弾を禁止しようと動いた形跡がない、ということだ。
もちろん、禁止のために動かないのは、基本的にはそれが彼ら・兵器マニアの利害に沿わないことだから、ということは百も承知である。しかし彼らが、禁止できなかった責任を立場を異にする他者に負わせるためには、それは最低限クリアすべきハードルだろう。つまり、「自分（達）は平和団体に対して、白燐弾に的を絞って禁止を訴えればチャンスがあるよと助言したのに、無視されてしまった」という経緯でもあったのか？ということ。その件については、──ない。ないのである。
自分達は一介の小市民で、そんな助言をする立場にないというのなら（批判はしてるくせに・・・という話はおいといて）、せめてそのブログなり何なりで同じことを訴え、平和運動系のブログにトラックバックでも送るくらいのことはしたのかというと、──そういう雰囲気でもない。ファルージャでの白燐弾使用の「証拠がない！」と言い張ることには熱心な諸氏ではあっても、禁止には異存はないようなのである。なのに、「禁止へ向けての提言をしたのか？」と尋ねられれば、彼らは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、「へ？なんで俺らがそんなことしてあげなきゃなんねーの？」と心の底から驚いてしまう。
もちろん、「そんなこと」、しなきゃいけないわけではない。ただし、責任を一方の側になすりつけるからには、せめて、別の側にいる自分達は打つ手は打ったという事実がなければおかしい。普通に人として要求されるこの当たり前の倫理が、彼らには理解できないのである。
戻って、自分がしなかったことを、他人がしなかったからといって、その他人をあざ笑うことができるという、倒錯。
日常の瑣末な事柄においてなら、別にいいだろう。
「おまえ、あのTシャツ買わなかったのか」
「ああ、買わなかった。おまえは買った？」
「買わねえよ。ほしくねえもん。でもおまえは、安く買うチャンスだったのに」
「ああ。でもその時は知らなかったから」
「俺は知ってたぜ」
「へえ」
「ばかだな、おまえ。安く買えたのに。ハハハハハ」
こんな奴がいても、別にいいだろう。ただ本人が「ヤな奴」として嫌われるだけの話だから。
しかし、人が生きる・死ぬという局面に関して、こうした態度を取ることができるとしたら、それはヤな奴を通り越して、よほど神経が歪んだ人間ではないだろうか。軍事という、時に「殺人」と同義である（「時に」ではなく全面的にだ、という議論はひとまずおいて）事柄に愉楽を求める人間にとっては、朝飯前の歪み方なのだとしても。
ただこれは、いわゆる軍事オタクと言われる人間達だけの特性だとも思えない。何か、自分達は生き・彼らは死ぬ、ということを当たり前の前提として「安全保障」とか「平和構築」とかいったことを考え進める、そうした退廃した精神状況というものに、広く通底している気がする。大げさな言い方はしたくないが、それ自体が一種のモラル・ハザードであるような。意図して従来のモラルにあらがう、ということではもちろんなくて、多くの人が気づかないうちに伝染しているような。
そういう人達ですらが、戦争は醜い、悲惨だ、と言う。それは確かにそうだ。ちぎれた手足、焼けただれた体、吹き飛ばされた頭、それらの折り重なる死体の山を見れば、誰だっておぞましさを禁じえない。
だけど、それよりもっとおぞましいもの、見た目の「死」の有様よりおぞましいものが、平和な社会に暮らす人間の頭の中に巣食っている。長らくそうした人間たちのご都合主義の言説を目の当たりにしてきて、いよいよ思うようになってきた。
何かが狂っている。そして、何かが腐っている。ああ、うまく言えなくて腹が立つ。
今の日本では保守的な意見を言っていれば何となく正しいように聞こえる風潮がありますが、そうした「保守が革新に勝利した」的なムードが保守的な意見の空洞化を招いているという記事を読売新聞で読んだことがあります。
レイランダーさんが前回のコメントに寄せていた『「アカの脅威」っていうところから抜け出せてない』という思考停止の弊害は、保守の強みである現実主義を放棄してしまっているという点に大きく出ていると思うのですが、上の研究者の意見やブレードランナーなる人物のコメントはその最たるものだよなと感じてしまいます。
まあ自分で行動をするというリスクをとらない日本の国民性も影響しているのかなと思うところがあります。安全地帯にいる限りは何でも好きなことが言えますからね。年末の派遣村に集まった人に対するアホな総務政務官の無責任発言を聞いたときもそう思いましたよ。この人危機意識が欠如しているな。オバマに呆れられるぞ、って。その点イラクで日本人３人が人質になったとき、欧米のマスコミが彼らの行動に一定の評価をしたことはリスクをとって行動した人間の失敗を責めない欧米社会の一端を見た思いがしたものです。
そうですね、失敗の中身は遠慮なく批判しても、リスクを承知であえて行動したこと自体は決して責めない、むしろ評価するくらいな。いい意味で「自己責任」は当たり前、なのが欧米の価値観のいい所なんで。
対して、他の人と違うことをすると、それだけで怪しまれたり陰口叩かれるのが、日本の（全部とは言わないけど）ダメな所。チームプレーが得意なのは結構だけど、時にはそれを破ってでもリスクを負って個人が出る、そういうプレーがもっと育たないと、欧州や南米に勝てないんですよ、日本サッカーは。第一、見ててつまんないし。
えー、何の話でしたっけ（笑）。
保守が現実主義に立脚するものであるというのは、まさにそうでしょう。日本を今の状況に連れ出した昨今の政権は、その意味でまったく保守の名に値しない。
しかしそれを保守の「空洞化」なんて嘆く資格は、読売の論説委員にはないですね。読売はむしろその風潮を囃し立て、担ってきた・担っている一翼ですから。サンケイよりソフトでいやらしい、ファミリー向けのプロパガンダで、しかも手のひらを返すのがうまいんですよ、読売って。小泉〜安倍の頃なんて市場原理マンセーみたいな記事ばっかりだったのに、「貧困」問題が隠しおおせなくなると、今度は「どうして福祉は崩壊したか」みたいな記事が多くなる。「どうして」って、おまえらがそう盛り立てたからだろ（笑）って。ほんと、空洞新聞ですよ、あれ。
まあ、ところさんが触れた記事の場合は、外部の人が書いたものかもしれませんけどね。