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社説:調書漏えい 取材源の萎縮招くな

 奈良県の母子放火殺人事件を題材にした単行本を巡る調書漏えい事件で、加害少年の精神鑑定医が刑法の秘密漏示罪で有罪判決を受けた。この罪の適用は統計に残る78年以降、初めてという。

 取材源を秘匿できず、表現の仕方に配慮を欠いた著者と出版元の講談社の姿勢が公権力の介入を招き、「出版・報道の自由」を脅かした。メディアは、内部告発者や情報提供者を守る責任の重さを改めて自覚すべきである。

 少年に対する審判の内容は公表されない。鑑定医は、著者のフリージャーナリストに調書を見せたことについて、「広汎性発達障害の知識を世間に広め、少年に殺意がなかったことを知らせたかった」と目的の正当性を主張していた。

 調書には、少年の成育歴や家庭環境など知られたくない秘密も記載されている。公表で少年の更生を妨げたり、家族のプライバシーが失われるとの指摘もある。

 著者や講談社は、そういった個人的な事情と社会が情報を共有して同種の事件を防止する公益性とのバランスを考慮し、適切な表現方法を選ぶ慎重さが必要だった。

 だが、著者側は調書をそのまま引用した。そのため、少年らのプライバシーへの配慮を欠いたばかりか、取材源まで明らかになるという結果を招いた。著者側の責任はきわめて重大である。

 鑑定医は単行本の刊行にかかわっておらず、その内容を知らされたのは出版の前日だった。著者側は、取材源を特定されることで、鑑定医が刑事責任を問われるということに考えが及ばなかったのだろうか。メディアとしての倫理の欠如と非難されてもやむを得ない。

 情報源の秘匿は、メディアが国民の信頼を得るために欠かせない。取材源が明らかにされると、信頼関係が損なわれ、自由な取材に基づく表現活動が妨げられる。そうなれば、国民の知る権利に応えられなくなるからだ。

 今回の裁判で、著者は不起訴処分になり、刑事責任を問われなかった。このため判決は、取材を受ける側が、取材の目的や秘密を漏らした場合の当事者の不利益を具体的に考える必要があると指摘した。取材協力に高いハードルを設けたといえる。

 だからといって、公権力がむやみに介入しては、内部告発や情報提供者の萎縮(いしゅく)につながりかねず、表現の自由の危機を招くことになる。

 国民の知る権利を守り抜くために、取材先のさまざまな事情を考慮して信頼関係をつないでいくことに、メディアは一層努めなければならない。

毎日新聞 2009年4月16日 0時03分

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