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肉はどこから:いのちと向き合う/上 「殺して食べる」を学ぶ

 ◇現場から講師、食育や屠場差別の観点から

 「おっちゃんらは牛や豚を殺して品物にしています」

 大阪府内の食肉市場の屠場(とじょう)で働く岩本俊二さん(51)は1月下旬、大阪市西成区の市立松之宮小5年の総合学習の時間に講師として招かれた。黒板には「肉ができるまでのことをしっかり知ろう 働く人の思いを知ろう」と書かれている。

 岩本さんは、市場内の写真や牛の皮をはぐ道具を見せ、牛を枝肉にしていく工程を説明した。肉と皮を傷つけずに皮をはぐには技術が要ること、何人もの獣医が常駐していること、差別を恐れて結婚相手の両親や自分の子どもにも職業を言えない同僚がいること……。児童の質問に岩本さんは次々と答えた。

 ここ10年近く、「食育」の大切さが盛んに言われ、総合的な学習の時間などに農業体験や魚の解体を取り入れる学校が増えた。しかし、肉を切り口にした食育はあまり進んでいない。社会科の授業では5年生は職業について学ぶ。主な出版社の教科書は農業、水産業に20ページ前後を割き、酪農や畜産に1、2ページを充てていても、牛が食卓に上るまでの過程には触れていない。消費者の目から屠場を遠ざけてきた背景には、動物を殺すことへの忌避意識や、動物の解体に従事する人たちへの差別の歴史がある。

 松之宮小は人権学習の一環で「牛」の学習を約20年続け、学区内のホルモン店や牛皮を使う太鼓店を見学している。08年度の5年生は、牛を肉にする仕事を学ぶことにした。

 岩本さんを招いた授業の前、授業を担当した中井久子教諭(51)らが児童に屠場のイメージを尋ねると、「暗い」「残酷」などの言葉が並んだ。そこで、食べ物がどこから来るのか考える教材として絵本「いただきまーす!」(二宮由紀子文・荒井良二絵、解放出版社)の読み聞かせから始めた。絵本は、人間も食物連鎖の中で生きていること、おいしそうなハンバーグが食卓に上るまでには多くの人たちの仕事があることを伝え、皿の上にのった牛や鳥や野菜たちが「かわいそう」かどうかを問いかける。

 さらに、日々食べている肉が実際にどのように作られるのかを知るために、牛の眉間(みけん)を特殊な銃で撃ち失神させる「ノッキング」と、肉質を左右する「放血」の映像を見せた。

 衝撃を受けるかもしれない映像を児童に見せるかどうか、事前に教員同士で話し合った。「肉を取り上げる時に、直接『命』にかかわる部分が普段隠されている。なぜ隠されているかも含めて子どもたちに考えてほしかった」と中井教諭。結局、映像を直視できなかった児童は1人で、多くの児童は教師たちが意外に感じるほど淡々としていた。

 岩本さんの授業中、児童が質問した。「ノッキングや放血の時、どう思っているんですか」。岩本さんは「失敗しないように、のどを切る時にまっすぐ切れているか、ちゃんと血が抜けているかを注意しながら仕事しています」と応じた。あくまで肉を作る工程の一つという意識だ。

 授業後の感想文で、児童の一人は「まだ(牛が)かわいそうやなという気はするけど、その仕事をしないと自分も食べることができない」とつづった。中井教諭は「食に関する学びも、屠場差別を知ることも、命をめぐる問題の本質を直視すること。屠場から学ぶことは多い」と語る。

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 国内最大規模の東京都中央卸売市場食肉市場の芝浦屠場(東京都港区)では、毎日平均牛380頭、豚850頭が解体されている。JR品川駅に近い市場の中に「お肉の情報館」ができたのは02年12月。家畜の飼育から出荷、解体の工程を一般向けに紹介する数少ない施設だ。枝肉や内臓の実物大の模型、毛皮にも触れることができ、年間2000~5000人が見学する。

 市場で働く栃木裕さん(52)らも小学校などに出向き授業を重ねてきた。「以前は、殺しているけど『活(い)かしている』と説明してきた。今は殺していることを否定してはいけないと思う。すべての人間は他の生き物の命をもらってしか生きられないんだから」

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 多くの家庭で毎日のように食卓に並ぶ肉。しかし生きた牛や豚が肉になる過程が顧みられる機会は少ない。そんな中、食肉を知ることを通じて生きることを考えようという動きも出てきている。3回にわたりその現場を報告する。【手塚さや香】

 ◇食用の解体、全国160カ所で

 全国には160カ所近い屠場がある。その多くは、地方自治体が設置し第三セクターなどが運営している。と畜場法は「牛、馬、豚、めん羊及び山羊(やぎ)」については原則として、都道府県知事(保健所を設置する市の市長)の許可を受けて設置された屠場内でしか食用に屠畜・解体することはできないと定めている。

 現在、日本の屠場では牛や豚を気絶させ、放血してから枝肉として出荷するまで一度も床に触れることがない「オンレール方式」を採用。01年に国内でBSE(牛海綿状脳症)が発生後、屠場に入ってくる全牛の検査を実施しており、結果が出るまでは肉も内臓も外部に出せない。

毎日新聞 2009年4月6日 東京朝刊

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