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医療クライシス:コストカットの現場で/5 費用がかかる安全対策

 ◇取り組むほど経営厳しく

 医療の安全対策の先進病院として知られる船橋市立医療センター(千葉県)。特に力を入れているのが、他病院での事例も含め、発生したトラブルの内容や防止策を図解などで職員に分かりやすく伝える「医療安全対策文書」の発行だ。

 作業の中心を担うのは、副院長以下3人がほぼ常駐する医療安全管理室。多い時には毎日のように発行し、02年9月からの6年半で750号に達した。得られた教訓は年1回、「ルールブック」としてまとめている。

 厚生労働省はこうした取り組みを推進するため、06年度の診療報酬改定で、専従の「医療安全管理者」を置いた病院には入院患者1人につき50点(500円)を加算する仕組みにした。だが、年間入院患者約9000人の同センターの場合、加算は約450万円で看護師1人分しかない。小沢俊・前院長は「経営面で言えば、医療安全に取り組むほど病院は損をする」と話す。

   ■   ■

 国が医療事故防止に本腰を入れ始めたのは99年に横浜市立大病院や東京都立広尾病院で重大な事故が起きてから。02年の医療法施行規則改正で、病院・診療所に安全管理指針の整備や患者相談窓口の設置などを義務付け、04年10月からは大学病院などに医療事故の報告義務を課した。

 こうした対策には、どれぐらい費用がかかるのか。今中雄一・京都大教授(医療経済学)らは06年度の全国調査で、入院患者1人にかけている医療安全コスト(人件費や研修費など)を、大学などの臨床研修病院で1日975円、その他の病院で404円と算出。全国の病院が「月1回、1時間以上の安全管理委員会開催」など標準的な安全対策を実施するには、総額332億円の追加コストが必要と推計した。これに対し、医療安全管理者配置による診療報酬加算(07年)は、全国で約18億円。今中教授は「診療報酬は抑制される一方、医療安全の要求は高くなった。水準を上げるには資源投入が必要で、国は資源確保の仕組みを工夫すべきだ」と指摘する。

   ■   ■

 厚労省研究班が03~05年に全国18病院のカルテを調べた結果、有害事象(予期せぬ障害や合併症)は入院患者の6・8%に起きていた。ベッド100床当たり年約63件で、事故の手前の「ヒヤリ・ハット」は、その数十~数百倍あるとされる。

 ところが、国が01年から始めた「ヒヤリ・ハットの全例報告」に協力する240医療機関(計約10万床)から寄せられた07年の報告は約21万件。100床当たり約210件で、有害事象の推定数の3倍程度しかない。

 年間5000件前後のヒヤリ・ハットを報告している東海大病院(神奈川県伊勢原市)は、データ打ち込み専従の職員を雇う。安田聖栄副院長は「医師や看護師だけでは対応できない」と話し、人件費は病院の持ち出しだ。関東のある病院長は「報告1件でいくらといった手当でもないと、情報を上げきれない」と漏らす。

 厚労省は「医療安全は医療機関の当然の責務」とする。だが、予算がなければ対策は進まず、被害に遭うのは患者だ。=つづく

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 ◇ご意見を

 ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメールt.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp〒100-8051毎日新聞社会部「医療クライシス」係。

毎日新聞 2009年4月8日 東京朝刊

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