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◆トピックス＆コラム
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カタルシスなき前進 （２／２）
Ｗ杯アジア最終予選 日本代表対バーレーン代表
■日本の攻撃は“草食系”である
この日のバーレーンのシステムは４−１−４−１。４枚のディフェンスラインは決してドン引きというわけではなく、裏にはかなりスペースがあった。そこを狙って、田中達が走り込むシーンが序盤から何度も見られた。「相手はもっと引いてくると思ったけれど、思ったよりも自由にやらせてもらえた」とは本人の弁。
素早いパス回しとアジリティー（俊敏性）で攻勢に出る日本に対し、バーレーンはあくまでカウンター狙い。相手のパスミスやインターセプトから、一気に前線へとボールを運ぶ。とりわけこの日のバーレーンは、相手ボールホルダーへの寄せが早く、球際でのプレッシャーも激しい。日本の前線は小兵ばかりなので、よほどパスのスピードと精度を上げていかないと、簡単に相手のフィジカルと長い足にボールを絡め取られてしまう。
日本のもうひとつの武器であるセットプレーも、前半は沈黙を強いられた。最初の９分のＦＫは、中村俊のキックに闘莉王と中澤が走り込むも相手ＤＦがクリア。２５分には、遠藤からのＣＫに中澤がヘディングシュートを放つが、これまたゴール前のＤＦにブロックされてしまう。日本は圧倒的にボールを支配し、何度もチャンスは作るものの、なかなかネットを揺らすことができない。両者スコアレスのまま前半が終了する。
後半開始早々、日本はドリブルを仕掛けた玉田が倒され、ペナルティーエリア手前でＦＫのチャンスを得る。ゴールまで約３０メートル。遠藤との短いパス交換から、中村俊が左足で蹴り込んだ弾道は、壁に入っていた長身ＤＦマルズークのスキンヘッドをこすってコースを変え、すっぽりとゴールに収まった。昨年９月６日のバーレーン戦以来となる中村俊のゴール（この時もＦＫだった）が決まり、日本は待望の先制点を手にする。とはいえ、ここで安心は禁物。「１点だけだと何が起こるか分からない」と指揮官も語るように、ここは一気に畳み掛けておきたいところである。
ところがこの日の日本は、どうにもゴールへの意識が希薄に感じられて仕方がなかった。ペナルティーエリアに持ち込んでおきながら、無意識にパスの受け手を探してしまう。あるいは、遠めから相手の意表を突くようなミドルシュートを打とうとしない。５８分に田中達が見せた、右サイドから切れ込んでのシュート（ＧＫにはじかれる）。そして６５分と７４分、内田が放った２本のミドルシュート（特に６５分、バーに阻まれたシュートは本当に悔やまれる）。追加点のにおいが感じられたのは、その３つのシーンくらいであった。日本の攻撃は、確かに正確で小気味よいのだが、どうにも野性味と貪欲さに欠けるのが歯がゆい限り。昨今はやりの“草食系”という言葉が脳裏をよぎる。
その後は、松井大輔、岡崎慎司といった攻撃的な選手をピッチに送り出すが、前線を活性化させるには至らず。そのまま１点のリードを死守した日本は、ホームで勝ち点３を積み上げて、試合のなかったオーストラリアを抜いてグループ首位に立った。
■確かに南アには近づいたのだが……
「日本代表におめでとうと言いたい。これで本大会出場がほぼ決まっただろう。勝ち点１１ということで７割から８割、南アフリカ行きが決まったと思う」
試合後の会見。バーレーン代表のミラン・マチャラ監督は、対戦相手との実力差を認めた上で、Ｗ杯本大会に向けて大きく前進した日本に祝福を送った。マチャラによれば、日本とバーレーンとの間には「チームの質」「選手の質」「国内リーグの質」に開きがあり、そして何よりも国としての規模に大きな差があったという。なるほど、日本の人口は約１億２０００万人。バーレーンのそれは７０万人で、東京の練馬区とほぼ同じである。逆に言えば、そんな小さな中東の島国が、この１年間で日本相手に５戦して２勝を挙げ、敗れた試合もいずれも１点差だったのだから大したものである。この日の敗戦により、グループ２位での通過は限りなく困難となったが、それでもプレーオフ進出に向けて頑張ってほしい。何しろ、これだけ対戦して勝ったり負けたりしているのだ。バーレーン代表に対して、奇妙な親しみを覚えたとしても、決して不思議ではないだろう。
「われわれはまだ何も得ていないわけで、また、われわれはもっともっと質を高め、より強くなっていかなければならないと思っています。ただ、最後まで頑張ってくれた選手たちには、感謝したいと思います」
一方、勝った岡田監督は、さらなるチームの成長の必要性を感じながらも、この結果には一定の評価を下している。もちろん結果だけを見れば、この日の勝利は「南アに向けた大きな前進」である。この日、ウズベキスタンがカタールに４−０で圧勝したため、日本とオーストラリアを除いた下位３チームは、いずれも勝ち点４で並んだ。１１ポイントの日本は、あと３ポイントを上乗せすれば最終予選突破が決まる。最短で６月６日。ウズベキスタンとのアウエー戦を制したら、早々に気分はＷ杯である。
だが正直なところ、この「カタルシスなき前進」に対して、私は少なからずの不満を抱いている。この試合のテーマは、そもそも何だったのか。「多少のリスクを懸けてでも点を取りにいく」ことではなかったか？ 確かに指揮官は「リスクをかけて」と言いながらも、同時に「蛮勇」を戒めていた。だが、本当はもっと「蛮勇」があってもよかったのではないか。「蛮勇」が行き過ぎであるなら、もう少し「勇気」があってしかるべきだったと思う。どんなに相手ＤＦに囲まれても、自ら切り込んでいく勇気。多少は無理な体勢であっても、わずかな可能性を信じてシュートを打つ勇気。そして一度や二度の失敗に臆することなく、三度目以降もチャレンジする勇気。それらは、日本がアジアを飛び出して世界と対峙（たいじ）する際には、必ず求められる重要なファクターではないだろうか。
この勝利で、予選突破は見えた。しかし私には、本大会での日本の勝利が、どうにもイメージできなかった。今の日本代表のサッカーは、プレーの緻密さと正確さを追求するがゆえに、ゴールに最低限必要な勇気を排除する傾向が強まっているように思えてならない。指揮官の言葉通り、日本が「このグループで一番点を取っている」のは紛れもない事実である。では、このカタルシスの欠如は、いったい何に起因するのだろう？ 結果の大切さは認めつつも、いちサッカーファンとして、そのことが非常に気になるのである。
＜了＞
・バーレーン戦後 選手コメント （2009/3/29）
・バーレーン戦後 岡田監督会見 （2009/3/29）
・試合後 バーレーン代表マチャラ監督会見 （2009/3/29）
宇都宮徹壱
１９６６年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、ＴＶ制作会社勤務を経て、９７年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』（いずれも勁草書房）、『ディナモ・フットボール』（みすず書房）。近著に『股旅フットボール』（東邦出版）。自身のＷＥＢサイト（http://supporter2.jp/utsunomiya/）でコラム＆写真を掲載中
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