E‐H嘘が判明した、「資料がない」との政府答弁 [E‐@へ]
平成9年(ワ)第352号 損害賠償請求事件
原 告 蒼 欣 書 外6名
被 告 国 外4名
2003年7月11日
長野地方裁判所 御中
原告ら訴訟代理人 弁護士 毛 利 正 道
外
準 備 書 面 (25)
直ちに請求認容判決がなされるべきである
── 甲総第50号証の3の衝撃 ──
第1 甲総第50号証3の衝撃
1 外務省中国課が昭和35年3月17日に作成した甲総50−3「華人労務者就労事情調査報告書について」がこの度明るみに出たことによって、
@ 昭和35年3月17日当時、甲総第3号証の「華人労務者就労事情調査報告書」が外務省内に存在したこと
A にも拘らず、この書面において外務省アジア局長が「現在外務省に1部も残っていないと国会答弁したい」と述べていること
B 実際、同年5月3日に、伊関祐二郎外務省アジア局長が、外務省に1部も残っていないと答弁していること
が明らかになった。
2 当時の国会答弁はこれのみでない。
@ 昭和29年9月6日中川融外務省アジア局長答弁、昭和33年3月29日並びに同年4月9日における岸信介首相答弁などにおいて、「該労務者は、すべて契約によって、当人の自由意思で来たものであって、強制連行したものではない。少なくとも建前上はそうであった」と再三、国会で答弁している。
A 昭和33年7月3日における板垣修外務省アジア局長の国会答弁では、「もともと雇用契約で入ったものだから、就労中賃金が払われていたと思う」旨述べている。
B 同じ答弁では、更に「一度外務省には詳細に個人名を並べた収容所調査簿(各作業所からの報告書を示す)があったが、現在ない」と述べられている(原告準備書面20の24ページ以下)(しかし、外務省にこれが存置されていたとの今回の被告国答弁により、この国会答弁も事実に反するものであることが明らかになった)。
3 要するに、昭和35年までの国会答弁においては、
@ 甲総3号証のいわゆる「外務省報告書」(個人名の入った各作業所報告書も)が外務省に存在しており、したがって、そのひどい強制連行・強制労働の実態を少なくとも、当該文献にある限りにおいて外務省として当時把握していたこと、
A にも拘らず、その存在及び内容を隠蔽して「中国人労務者」が自由意思で雇用契約を結んで入国・就労し、賃金も支払っており、強制的要素は見当らないと再三国会答弁していた
のである。
4 それでは、外務省が隠蔽し続けた外務省報告書に何が書かれていたのか
第2 文字どおり地獄であった就労(外務省報告書から判明すること)
1 9ページ以下の別紙「華人労務者就労事情調査報告(要旨)」は、甲総3号証の「華人労務者就労事情調査報告書」の冒頭部分にある該文献について、責任回避のための美辞麗句並びに不要部分を抜いて、現代用語に書き直したものである。
これによれば、
@ 昭和17年11月24日の閣議決定に基づき、
A 38,935名の中国人を半強制的に連行して国内35企業135事業場で平均13.3ヶ月間重労働をなさしめ、
B 実に17.5%、6,830名の労働災害や疾病・自殺による死者を出していること
C その原因のひとつは、中国人を集めるにつき、「半強制的供出など供出方法及び乗船前の取扱に適切成らざるもの」があり、そのために就労者の中に衰弱者が多数いたことにあること
が記載されている。
2 本件原告らが就労した企業・事業場内での実情について甲総第3号証の本文から作成した表が別紙「原告・事業所別の犠牲者数@―D」である。
これによると、中国人は中国の港で乗船してから帰国のために日本から出港するまでの間に、多くの死者・不具廃疾者・負傷者・罹病者を出している。わかりやすくするため、小中高校における1クラス法定員数40名に引き直してみると、約1年半の間に、被告4企業の原告らが係わった各事業所毎の犠牲者は、D表のとおりとなる。死者は、1クラスで3.6名ないし5.7名、不具廃疾者・負傷者合計は、1クラス5・0名ないし17.3名、罹病者は、8.4名ないし91.6名(1人2回以上ということ)となる。すさまじい数である。
より分かりやすく4企業分を単純平均すると、死亡率は11.1%になる。
3 これはどのような値か。甲総2号証「現地調査報告覚書」96頁によると、当時の木曽郡王滝村での死亡率は2.6%であった。これと比較して4倍である。
また、一般住民の場合は高齢者の死亡が多いはずであり、中国人被連行者の88%は20才から49才までの働き盛りの年代であったが、この年代の日本の一般住民の死亡率ははるかに小さいこと常識である。
日本の一般住民と中国人被連行者の死亡率の差は更に拡大する。
4 WHOが公表している新型肺炎SARSの死亡率は、25―44才で約6%である。(甲総第51号証 京都新聞2003年5月8日「SARS死亡率は14―15%」)。中国人被連行者の死亡率は、この倍である。
5 このように多くの中国人が死亡したとなると、幸いに結果的に生き残った者も「いつ自分も死ぬのか」「いつまで生きていられるものか」「生きて中国に戻れないのでは」との不安に苛まれたはずである。原告らが「生きて帰れると思わなかった」と述べているとおりである。
6 このように死者数や不具廃疾者・負傷者・罹病者の数値だけみても、中国人被連行者が人間にあるまじきひどい取扱いを受けたことは明らかである。
被告国と被告企業が、故意又は重過失によって、中国人を不法に強制連行・強制労働させたことは、この事実によって十分立証されるものである。
7 このような事実とその詳細な根拠が記載されているのが、甲総第3号証の外務省報告書である。また、各作業所が作成した報告書には、全ての中国人の氏名・中国の本籍・連行から死亡・送還までの経過・死亡原因まで記載してある(一例として、飛島・御岳作業所の報告書、甲各E1号証の一部を末尾に添付する)。
8 昭和29年から35年までの戦後間もない時期において、国会でこれらの実態が明るみに出ていたらどうなったであろうか。特に中国では、死者の遺族や大きな打撃を被った者を始め、日本に対する処罰や賠償を求める動きが広がっていった可能性が大いにあろう。この外務省報告書を故意に隠蔽したことそれ自体が国家犯罪に該るというのもこのためである。
第3 明らかな被告各企業の不法行為責任
1 前述の如く、被告各企業は原告ら中国人被連行者と雇用契約をむすばないまま彼らを就労させ、10人に1人以上という高死亡率で死亡させ、多くの負傷罹病不具廃疾者を出し、結果的に助かった者にも死の恐怖を長期間味わせた。これ自体明白な不法行為である。
2 甲総3号証の外務省報告書によると、中国人被連行者が連行過程並びに収容所生活を経由する中で各事業場に到着した時点で既に衰弱しており、そのために死亡した者が多かったとのことである。
しかし、第1に、事業所到着後3ヶ月以降に死亡した者も冬期間に死亡した者も少なからずいたのであり、それのみに死亡原因を帰すことは到底できない。
第2に、被告各企業としては、そのような衰弱して事業場に着いた中国人被連行者を就労させるべきではなく、十分な手当てによって健康の回復を待つか、中国に送還するかすべきであった。
過酷な就労生活条件の下で就労せしめ、若しくはこれを放置したこと自体許すべからざる行為である。
3 とんでもない「社会的相当行為論」
被告企業は、言うにこと欠いて、当時の侵略戦争遂行という国家政策の下では、強制連行・強制労働は社会的に相当な行為であったから、不法行為とはならないと主張する。
しかし、第1に、多くの死者を出す就労生活条件に中国人を長期間置くこと自体、どんな理由があっても許されることではない。このような国策にはたとえ企業がつぶれても協力すべきでないのである。
第2に、中国人を強制労働させた35の各企業は、決して国策に黙って従ってついて行ったわけではない。大阪大学大学院教授杉原達氏による「中国人強制連行」(岩波新書)(その一部を甲総52号証とする)によれば、被告各企業も加盟する土木工業協会の理事長が昭和17年11月の閣議決定の4年も前の昭和13年の段階で、華北中国人の労働力を活用する計画を持っており、その実現に向けて着々と具体化していったのである。したがって、昭和17年11月27日の「華人労務者内地移入に関する件」閣議決定の「基本性格は、三年以上にわたる業界からの要望が、労務動員計画を担当する企画院を動かし、政府決定に至らしめたものであって、企業と無関係に決定が行われ、統制経済下で各企業に押し付けられたというものではないのである」(同書47頁)。
4 以上のとおり、社会的相当行為であるはずないばかりでなく、同書においては既に数十万人の中国人を中国東北部で強制労働させていた下において、さらに日本国内で就労させる中国人を確保するためには人狩り的な強制連行によるしかないことまで、政策実行前に就労させる企業側も知悉していたと述べられている。文字どおり、各企業側も中国人の日本国内での就労が強制連行・強制労働にならざるを得ないことを十分知ったうえで(少なくとも重大な過失によりこれに目を閉じたまま)積極的にこの方針を実行していったのである。
被告企業の不法行為責任は明白である。
第4 被告国による、戦後の新たな不法行為責任
1 前述のとおり、被告国は、公表すれば中国人強制連行・強制労働の実態が明るみに出て大きな問題となることを阻むため、故意に外務省報告書の存在を隠し、その一方で、中国人が自由意志による契約に基づいて国内で就労したとのいずれも虚構の国会答弁を故意に繰り返して来た。そのため原告らは、帰国後中国国内において「敵国日本に協力した者」との中傷を受け、差別に苦しむ生活に長期間耐えなければならなかった。
2 これ自体、りっぱな不法行為とこれによる損害であり、被告国は国家賠償法により原告らに対してこれを償う慰謝料を支払う義務がある。
第5 日中共同声明による個人請求権放棄の主張に対し
1 昭和47年9月29日に署名された日中共同声明第五項は、「中国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」としている。しかし、これによって本件原告らの被告国に対する損害賠償請求権まで放棄したと解する事は許されない。
2 その最大の理由は、この声明によって損害賠償義務を免れる被告国が、前述の如く虚構に満ちた国会答弁を繰り返し、過酷な強制連行・強制労働の実態を故意に隠蔽し、それがために権利を放棄する側の中国政府は、この事実を十分把握していなかった、そのような事実関係を基礎として日中共同声明がなされていることである。そうであるなら、明文にない事項は謙抑的に解すべきである。
3 したがって、中国人個人の被告民間企業に対する請求権までも含めて放棄されたとみるべきでないことも当然である。
第6 請求権が時効・除斥で消滅することなどありえない
1 これまでの論述により、本件原告らの被告国及び被告各企業に対する不法行為に基づく損害賠償請求権が存在していること明白である。これが、民法724条後段によって消滅したといえるか。
2 これについても、昭和29年から同35年の間における虚構に満ちた国会答弁の繰り返しと、これによって過酷な強制連行・強制労働の実態を意図的に隠蔽した被告国の態度は大きく影響せざるを得ない。
この時点で、外務省報告書が公表されていたなら、昭和35年から見て33年後の1993年になって外務省報告書の存在が明るみに出て以降の調査研究活動の急速な深化並びに訴訟の多発傾向から見て、日本・中国双方において、当時大きな問題になっていた可能性が大いにある。しかも当時は終戦から9年ないし15年しか経過していない時期であったから、日中両国において事実関係の聴き取り調査などもより効果的になされた可能性がある。
3 このようにみると、本件請求に対して民法724条を理由に請求権が消滅したと判断することは、原告らに対して著しく正義・公平の理念に反する結果を押し付けることになり、到底許されないと解すべきである。
第7 直ちに請求認容判決を
本件訴訟も、1997年12月22日の提訴以来、6年を経過しようとしている。今年になって原告李文付氏は、老齢のため寝たきりの生活になっていることを確認した(毛利注―この準備書面を陳述した時点で既に死亡していたことが後日判明した)。これ以上、訴訟を長引かせることなく、直ちに判決が下されるべきである。
昭和21年3月1日
華人労務者就労事情調査報告(要旨)
外務省管理局
1 移入事情
戦争の進展に伴う労務需給の逼迫に対処し、政府は昭和17年11月27日の閣議決定をもって華人労務者を移入するの方針を決定せり。然れども、これが成否は影響するところ大なるべきに鑑みさし当たり試験的に一千名程度を移入しその成績により漸次本格的実施に移すこととせるが、右試験移入の結果は概ね良好なる成績を収めたるをもって、昭和19年2月28日の次官会議決定をもって先の閣議決定に基きこれが実施の細目を定め、昭和19年度国民動員計画において三万名を計上、いよいよ本格的移入を促進せしむることとなれり。
右方針に従い移入せられたる華人労働者は、昭和18年4月より同年11月までの間に移入せられたるいわゆる試験移入、8集団1411名及び翌昭和19年3月より昭和20年5月にいたる間移入せられたる、いわゆる本格移入161集団37,524名総計169集団38,935名に上れり。
これを供出せられたる地域別に見れば、華北圧倒的に多数を占め35,778名に達し、華中82,137名、満州(関東州)81,020名なり、更にこれを供出機関別に見れば、華北労工協会扱いのもの大多数を占め34,717名に上り、これらの供出方法は特別供出・自由募集・訓練生供出及び行政供出の4方法なるところ、華北労工協会扱いのものは、その約三分の一にあたる10,667名は訓練生供出にして大部分は元浮慮・帰順兵・土匪・囚人を訓練したる者、他の約三分の二すなわち24,050名は行政供出に係るものにして、華北政務委員会の行政命令に基く割当てに応じ都市郷村より半強制的に供出せしめたるもの、これら華北労工協会扱いのものなかんずく行政供出にかかるものは年齢・健康・能力等いずれの点よりするも素質特に悪く死亡率もまた高し、これによりこれを観る供出方法と素質とはきわめて密接なる関係あるを看取し得べく、右素質不良は供出前における取扱いの欠陥とあいまって本邦就労時における高死亡率及び作業率並に作業能率低調の最大素因を為せるものと認めらる。
尚移入時航海日数相当要したるもの多く、その間の取扱い等に不適当なるものあり相当多数の死亡者を出せることも看過し得ざるところなり。
2 配置事情
かくして移入を見たる華人労務者は、閣議決定の方針に従い国民動員計画産業中鉱業・荷役業及び国防土木建築業等に就労せしめたるが、その雇用主数35社配置事業場数135事業場に上れり、右の内鉱山業及び土木建築業は最も多く前者は15社47事業場、移入数16,368名、後者は15社63事業場、移入数15,253名。
3 就労事情
これら事業場における華人労務者の配置期間は平均13.3ヶ月、最長28.4ヶ月、最短1.3ヶ月にして港湾荷役及び土建業にありては事業場を移動せるもの多きも鉱山等にありては殆ど移動をなさず送還にいたる迄同一事業場に定着就労せるもの大部分なり。
しこうしてこれら華人労務者の実労可能日数は終戦後の稼動停止、移入時の休養、中途移動等の関係より平均9ヶ月更に実労日数は平均7ヶ月と推算せられ、実労人員は受入人員の7割5分程度と推定せらる。すなわちこれを作業率に付き見れば、稼動人員より見たる作業率は、75.1%、また稼働日数より見たる作業率は78.0%、両者の総合作業率は59.7%と言う低率を示しおり、これを作業能率の点より日鮮人と比較するに日鮮人に比し高能率をあげたりと報告せる事業場なきにあらずども、報告せられたるところを平均するに作業能率平均は対日本人63.3%の低率を示しおれり。その原因は熟練者経験者少なきに止まらず素質不良ないし健康不良のもの相当数を占むるが為すと見られおり。尚勤怠についてはむしろ勤勉実直なりと報告されおれり。
4 処遇事情
気候風土その他生活環境の変化は移入当時相当衰弱せる華人労務者の健康に相当の影響を与えたるものと認められ、また戦時下食糧その他の諸物資の不足等の与えたる影響も看過し難く、その他異民族労務者取扱いに対する不慣れ等の事情もあり、たまたま末端における指導の行過ぎ、虐待、不正取扱等の事実も絶無とは称し得ざる状態にして、処遇上遺憾なしと言うを得ざる。
指導取締の面においては、前述の方針にのっとり寛厳よろしきを得るよ う取り計らいたるが思想容疑事件及び逃亡事故続発の趨勢に鑑み、その取締指導は強化せられその取扱いぶりに対する華人労務者の反感は相当強きものありこれは終戦後における紛争の一因をもなしおれるものと認めらる。
食糧に関しては、支給標準量30瓲の維持は相当困難ありしものの如く、実際は重筋労務者に対する支給量2,500カロリー程度よりはるかに少なく2,500カロリーを超ゆることなかりしものと推定せられ、空腹に耐えかねての逃亡と認めらるる事件も相当あり。食用油、獣肉の支給は華人の通常食よりみれば充分には行き渡らざりしものの如し、その他冬季におけるビタミン類の欠乏もあり、また食糧の質において不良なるものもありしが如くこれらは疾病死亡の原因ともなりおれるものと認めらる。
衣料の支給も充分とはいい得ざるも布団の準備、地下足袋の配給等が時間的に遅れたるためと思料せらるる疾病、凍傷の例若干あり。
宿舎は華人労務者のため特設せられたるもの最も多く135事業場中67を占め改造、転用等をなせるものあり。居室は一人あたり0.63坪平均にして畳敷のもの45%、アンペラ敷のもの27%、その他ござ敷、板敷のものもあり。逃亡防止の見地より通風採光の点面白からざるもの多く、一般に設備充分とはいえざる。
受入までに準備整わずこれがため疾病死亡を誘発せりと認めらるるもの若干あり。
医療衛生に関しては、死亡数に対し受診数きわめて少なき事業場ありこれらは医療に対する事業場側の措置に疑問ありと認めらる。
5 死亡事情
華人労務者が移入時現地諸港より乗船して以来、各事業場において就労し送還時本邦諸港より乗船するまでの間生じたる死亡者総数は、6,830名にして移入総数38,935名に対し実に17.5%という高死亡率を示しおれり。これを場所別にみれば、移入途次の死亡812名、事業場内死亡5,999名、集団送還後死亡19名なり。またこれを事業場別にみれば総死亡率30%以上を示すものは52.0%を最高とし14事業場に及び、さらにこれを移入集団別にみれば30%以上を示すもの65.0%を筆頭とし18集団に達す。
死亡の原因は、疾病死大部分にして総死亡数6,830名中6,434名、即ち総死亡数に対し94.2%を占め、傷害死は322名にして4.7%に過ぎず。その他41名の自殺者及び33名の他殺者あり。右の内、疾病死中船中死亡にて病名不詳のもの583名を除けば一般疾病による死亡最も多く3,889名を数え、伝染病ないし伝染性疾患による死亡は1,962名なり。これを病種別にみるに、一般疾病にありてはほとんど呼吸器病及び消化器病にして前者は1,271名、後者は1,180名、呼吸器病は肺炎圧倒的に多数を占め976名に上り、気管支炎187名にしてこれに次ぎ、また消化器病は胃炎及び腸炎大部分をしめ954名を数う、又伝染病ないし伝染性疾患にありては、大腸カタール最も多く662名をしめ、肺結核の360名これに次ぎ、赤痢、敗血症、肺浸潤、肋膜炎等これに次ぎ多し。次に傷害死322名に付きこれをみるに公傷死267名、私傷死55名なり。公傷死者の殆ど全部は炭鉱及び発電所建設作業に従事せるものにして、原因は落盤落石、側壁崩壊によるもの最も多く71名を占め、車両によるもの30名にしてこれに次ぎ、ガス爆発は第3位にして20名なり。又私傷死55名中過半の35名は戦災死にして渡船転覆事故によるもの10名なり。尚他殺の33名は殆ど全部が華労同士の殺伐行為に基くものなり。以上死因考察によれば死亡率高きはもっぱら疾病死に基くものなること明らかにしてその因て来るところを明確にするの要あり。
これがため、先ず供出機関別に死亡率を検するに、日華労務協会扱いのもの最も高く24.4%、華北労工協会扱いのもの18.3%にしてこれに次ぎ高く、国民政府機関・華北運輸及び福昌華工扱いのものはそれぞれ5.7%・4.7%及び1.3%にしてきわめて低し。かくの如く供出機関により死亡率著しく異にすることは原因供出側ないし供出時にあることを裏書するものと認めらるるところ、移入華人労務者の大部分を占むる華北労工協会扱いのものにつき、更に供出方法別及び供出時期別に死亡率を考案するに、行政供出にかかるものは死亡率高く平均20.2%なるに対し、訓練生供出のものは死亡率これより低く平均14.2%なること、又昭和19年10月までの供出分は月平均死亡率1%に充たざるに同年11月以降供出の分は殆ど例外なく月平均死亡率2%を超ゆること、又移入華人労務者の年齢構成より見るに死亡率高き供出機関、供出方法及び供出時期のものは何れも40代以上のもの多きこと等供出と死亡率とが相関関係あることを立証するものなり。尚更にこれを死亡の時期及び場所の分布状況に付き検するに労務者の素質ないし供出時までの現地における取扱等の影響を受くること大なりと認めらるる期間すなわち移入途次及び事業場到着後3ヶ月以内死亡とその後の死亡とを比較するに、華北労工協会扱いのものは移入途次及び事業場到着後3ヶ月以内の死亡きわめて高く、その後の死亡率低きを示しおれり。この点具体的に検覈するも虚弱者、疾患を有する者、栄養不良ないし衰弱者等多数ありて供出方法及び乗船前の取扱に適切成らざるものありと推定せらるるもの多数を占むる実情にありしがごとく要之死亡原因の大半は既に供出時に存したりと断定するも大過なく殊に華北労工協会扱いの分は正にこれに該当するものと断し得べし。
華北労工協会扱いの分といえども死亡責任全部を現地側に負わしむるを得ず。即ち現地側の原因によるとみなし得ざる事業場到着後3ヶ月経過後に至って死亡率高まれるもあるは、これ責任受入側にありと一応断じ得るをもってなり。しからば受入側の責任とはいかなる点にありや。これを事業場到着3ヶ月以降の死亡率特に高き事業場の例に付き検するに、一概に断ずるを得ざるも食糧の質及び量に起因すると認めらるるもの、宿舎被服布団等の点に疑問ありと認めらるるもの、医療衛生の施設及び診療に問題ありと認めらるるもの等に大別するを得べく、右は死因統計、疾病統計、その他死亡疾病に関係あると認めらるる事項の調査により一応判断せらるるところなり。尚右の外、船中死亡のみ多き場合存するが、かの種のものは概ね航海日数、積込食糧の質及び量、その他船中における取扱に問題ありとして大過なきがごとし。
次に不具廃疾につき見るに、総数467名にして特異の現象として失明が圧倒的に多く217名46.4%を占め、視力障害これに次ぎ79名16.9%視力に関するもの合計296名63.3%の多数を占め、肢指欠損又はその機能障害は合計162名32.6%なり。しこうしてこれが程度はまったく労働能力を失いたるもの153名32.7%にして、過激なる労働に堪えざるものは9名1.7%、労働に支障ある程度のもの大部分にして305名65.6%なり。原因は公傷によるもの186名40%にして第1位、私傷によるもの133名28.4%、疾病によるもの147名31.6%なり。これら不具廃疾者を比較的多数出せるは8事業場にして殆ど何れも視力関係のもののみにして原因は精査を要するも、大体移入時トラホームその他の眼疾を患いおれるもの多数を占めおれるところ、治療も意の如くならず、これに加え食糧事情殊にビタミンD1欠乏は遂に失明に至らしめたるものと判断せらる。
7 送還事情
移入華人労務者にして契約期間満了せるもの及び疾病その他の事由により就労に適せざるものは戦時中といえども送還することとせるが船舶関係等の事情もあり事実終戦前送還せるものは1,180名に過ぎず大部分たる30,737名は終戦後の送還に属す。
原告・事業所別の犠牲者数
@ 原告 張樹海 ── 本人 張景五 鹿島建設御岳作業所
供出機関 華北労工協会
── 訓練生供出 石家荘石門収容所経由
乗船 塘沽港 作業所到着 他作業所へ
1次 |
19.5.5 |
289 |
19.5.13 |
289 |
|
|
|
|
2次 |
19.10.11 |
100 |
19.10.20 |
100 |
|
20.6.7 |
鹿島各務原へ |
365 |
3次 |
19.10.19 |
313 |
19.10.27 |
310 |
|
20.4.25 |
鹿島薮塚へ |
280 |
|
|
702名 |
|
699名 |
|
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|
645名 |
母 数 |
死 者 |
不具廃疾者 |
負傷者 |
罹病者 |
702名 |
100名 (14.2%) |
60名 (8.5%) |
142名 (20.2%) |
1219名 (173.6%) |
子ども40名学級換算 |
5.7名 |
3.4名 |
8.1名 |
69.4名 |
A 原告 魏香龍(魏景龍) 熊谷組平岡作業所
供出機関 華北労工協会
── 行政供出 石家荘石門収容所経由
乗船 塘沽港
作業所到着 他作業所へ
19.6.17 |
397名 |
平岡6.21 |
397名 |
197名 |
熊谷各務原 20.6 |
513名 |
|||
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野村置戸 20.5.31 |
297名 |
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地崎北海道 |
15名 |
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19.10(3回計) |
512名 |
熊谷沼倉 19.10.24 〜 19.11.2 |
512名 |
19.10.9 200名沼倉計
712名 |
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|
825名 |
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計909名 |
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平岡20.1.2 686名 |
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|||
母 数 |
死 者 |
不具廃疾者 |
負傷者 |
罹病者 |
909名 |
121名 (13.3%) |
※71.8名 (7.9%) |
※42.2名 (4.6%) |
※394.2名 (43.4%) |
子ども40名学級換算 |
5.3名 |
3.2名 |
1.8名 |
17.4名 |
※ 小数点以下の端数があるのは、野村置戸での発生者数について、熊谷平岡からの転出者を推計したため
不具廃疾者 3名を除き、すべて失明
B 原告 姜淑敏 ── 本人 羅海山(羅鴻勲) 大成建設上松作業所
李文付
供出機関 華北労工協会
── 行政供出 石家荘石門収容所経由
乗船 塘沽港
作業所到着 集団送還
19.7.15 |
299名 |
19.7.24 |
299名 |
|
|
20.11.29 |
274名 |
母 数 |
死 者 |
不具廃疾者 |
負傷者 |
罹病者 |
299名 |
23名 (7.7%) |
28名 (9.4%) |
34名 (11.9%) |
63名 (21.1%) |
子ども40名学級換算 |
3.1名 |
3.8名 |
4.8名 |
8.4名 |
※ 不具廃疾者28名全員が失明
C 原告 張福才 飛島建設御岳作業所
蒼欣書
袁甦忱
供出機関 華北労工協会
── 訓練生供出 北京西苑収容所経由
乗船 作業所到着 他作業所へ
集団送還
19.5.23青島296名
5.29 293名 20.5.29飛島川辺へ270名
20.12.3 266名
母 数 |
死 者 |
不具廃疾者 |
負傷者 |
罹病者 |
296名 |
25名 (9.1%) |
─ ─ |
108名 (43.6%) |
678名 (229.1%) |
子ども40名学級換算 |
3.6名 |
─ |
17.3名 |
91.6名 |
D 40名学級において約1年半の間に
企業別死者数 (死亡率) |
死 者 (率) |
不具廃疾者 (率) |
負傷者 (率) |
罹病者 (率) |
||
539名 (28.5%) |
鹿島建設 |
@ 鹿島建設 (御岳作業所など) |
5.7名 (14.2%) |
3.4名 (8.5%) |
8.1名 (20.2%) |
69.4名 (173.6%) |
187名 (11.0%) |
熊谷組 |
A 熊谷組 (平岡作業所など) |
5.3名 (13.3%) |
3.2名 (7.9%) |
1.8名 (4.6%) |
17.4名 (43.4%) |
23名 (7.7%) |
大成建設 |
B 大成建設 (上松作業所) |
3.1名 (7.7%) |
3.8名 (9.4%) |
4.8名 (11.9%) |
8.4名 (21.1%) |
40名 (6.8%) |
飛島建設 |
C 飛島建設 (御岳作業所など) |
3.6名 (9.1%) |
─ |
17.3名 (43.6%) |
91.6名 (229.1%) |
4企業平均して、100名中では |
11.1名 |
6.5名 |
20名 |
116.8名 |